がんばれ伊藤くん(仮名)・・・前編

社畜日記

今年は我が社、というか私の前の会社は退職ラッシュだった。なぜ前の会社のことを知っているかというと、前の会社と今の会社はグループが同じなので同じフロアにいるから分かるのだ。
7月以降、毎月一人ずつ辞めていき、その中には元、私の部下も二人いた。

そのうちの一人、伊藤くん(仮名)という30半ばの男がいた。
彼が入社したのは2005年の秋だった。
その年、私の部署ではとにかく人材を急募しており、ずっと募集を出していたのだが、面接に来る人たちは「いくらなんでもこれはないだろう・・・」という人ばかりが応募して来た。
もともと応募者が少なかったので、履歴書送ってきたやつには全て会ってみたが、猫の手にもなりそうもない輩ばかりだった。
印象深いのは、どこか海にでも行くかのようなラフな格好してきた女がいた。
喋り方も馴れ馴れしくてだらしない。今までの経歴を聞いてもどうもウソっぽい。
「結婚式場とかのぉ、ブライダル関係の展示の企画なんかぁ、得意ですねー」
しかしその具体例も示さない。
するとこの女、いきなりこうきり出した。
「あのぉ、ぶっちゃけ私みたいな人、どう思いますぅ?」
おれは割りと言葉は選ぶタイプだが、この時は言ってしまった。
「おそらく(我が社には)合わないと思います」
「そうですかぁ。わかりました」
と言って女は帰っていった。

そんな面接が続く中、伊藤くんが面接にやってきた。
「食品問屋のルートセールスやってました」
おお、やっと普通の人間が来た、とこの時は心の中で喜んだものだった。

とりあえずまともそうだったので採用することになった。
が、この男、入社は3ヶ月先になると言い出した。それは繁忙期がちょうど終わった時期に入社するのも同然だった。
「それってあり?」
「どういう面接してんですかっ!もうすぐ騙されるんだから」
と私は部下に一方的に責められた。

3ヵ月後、伊藤くんは平和な顔をして出社してきた。
来てすぐに分かったのだが、彼の中に流れている時間と我々の時間の進み方が少し違っていた。
どうにもスローモーなのだ。私はもっとテキパキした動きを期待していたのだが、伊藤くんの場合、良く言えば「悠然と」、悪く言えば「KY」だった。
入社して3ヶ月ほどたった頃、ちょっとこれは向かないんじゃないかと思って彼と話をしたこともあった。
「そういう仕事の仕方では、うちでは難しいかもしれないよ」
しかし伊藤くんは
「一生懸命やります」と食い下がったのでもう少し様子を見ることにした。
3月になって、彼にとって初めてのイベントで伊藤くんの能力は次第に開花してきた。
初めての展示会運営の現場で、彼は常にメモを持ち歩き、私の後についてきてはいつも何かをメモしていた。
そしてセミナーの現場につく派遣の女性スタッフ10数人を前にいろいろ指示を飛ばしている。
「おお、やればできるじゃないか」
と思って感心していたが、後日談では「単に女性が好き」というだけのことだったらしい。
しかしそれ以降、少しずつ彼ならではの個性を発揮し、立派に「ヘンなやつ」へと変貌していった。

伊藤くんはとにかく変わったやつだった。
彼の歓迎会の時、始まって40分ほどすると、主賓なので真ん中の席にいたにもかかわらずそのまま堂々と眠り始めてしまった。あるいは突然坊主頭にしてきたり、毎日(自分の)手作り弁当を持ってきたり、急にカポエラを習い出したりと、その行動パターンはいつもおかしくもほほえましいものだった。

つづく

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