がんばれ伊藤くん(仮名)・・・後編

会社日記

伊藤くんは2年半ほど私の部署にいたが、その後社長が思いつきで始めた新しい展示会の担当となった。この新しい展示会とは私がやっている展示会の会期中に社長が「こんな名前はいいよな」と、ネーミングだけ考えてマーケティングゼロで始めたという、ちょっと常識では考えられないようなビジネスモデルだった。
当然そこにはどういう出展対象者がいて、どういう来場者層があるかなどもまったく考えておらず、もちろんその市場などもまったくリサーチしていない。
とにかく「やる」ということと「名称」だけ決定して、その責任者は伊藤くんとなった。

本人もわけのわからないまま任されて、とにかくわけのわからないままスタートしたのだろう。しかしもともとなんの勝算もなく始めてしまったのだから、出展者もなかなか集まらない。そりゃそうだろう。

あるとき伊藤くんが社長の激しい叱責を受けていた。
理由は社外の人の意見を勝手にセミナーなどに入れていたからのようだが、全部伊藤くんに丸投げしておいていまさら何を言っているのだろう。
ところが伊藤くんはそんな中でもひょうひょうとしていた。
これは彼の中の筋金入りのマゾ体質が幸いしたのだった。

「今月で辞めることになりました」
11月初め、突然伊藤くんが言った。
次に行くところももう決まっているという。
実際彼は新しい展示会を任されてからというもの、営業成績が悪いという理由で月給も下げられ、ボーナスもほとんどないような仕打ちを受けていたので「もう少しがんばれ」などとはとても言える状況ではなかった。
転職先はなんと有名上場企業の子会社で、勤務地は西新宿の中の高層ビルにある。だからこれは彼のためにも良かったことだと思う。

伊藤くんの変人ぶりは時に笑え、時にイラつき、それでも私は彼の一挙手一投足がとても他人事と笑っていられない気持ちがあった。
どうもその変人ぶりのツボが、もしかしたら私の父に共通しているのではないだろうかという懸念だった。

そんなことは絶対あってほしくないが、私の父も相当に変わった人で、おそらく職場では「変人」扱いされていたのではないかと思う。
私の父は中学校の理科の教師だった。教えていたのは化学、物理でいわゆる「第一分野」というやつだ。家ではそれなりに厳しい人だったので、学校でもたぶん生徒に嫌われているだろうと思っていたら、なんと生徒には人気があったらしい。
父は給料日だろうがボーナスが出ようが必ず毎日5時に帰ってきた。私の記憶では、父が外で飲んでくるというのは同窓会以外に知らない。いったい職場の付き合いはどうしていたんだろう。たぶん歓送迎会もいっさい出ていなかったんじゃないか。私の父なら十分ありうる。
見るテレビはNHKとNHK教育テレビのみ。たまに民放を見てるかと思えば、たいてい駅伝などの地味でストイックなやつで、プロ野球も見なければプロレスもゴルフもまったく見ない。バラエティ番組など幼稚な人間の見るものと考えていたフシもある。

その父と伊藤くんの行動パターンが妙にかぶって感じるときがある。
父は登山が好きだった。なんと伊藤くんも山登りが好きだという。
父は格好にはまったく無頓着だった。伊藤くんも本人はおしゃれのつもりかもしれないがヘンな格好をしているときが多かった。
伊藤くんは筋金入りのMだが、父はどうだったんだろう。
でも職場で変人呼ばわりされようが、たぶん父は意に介さない、そういう人だったと思う。ああ何ということだ、伊藤くんもそっくりじゃないか。

伊藤くんは女の子が大好きだったが、中でも派遣の子が大好きだった。この「派遣」であるというところがポイントで、派遣から正社員に昇格した女の子には、社員になった時点でまったく興味を失ってしまったようだ。彼にとっては「派遣」であるところに価値があったのだろう。まったく理解できない。

伊藤くんが新しい会社に転職して3日目、彼は突然昼時に会社の近くにやってきた。そこでみんなで一緒にランチに行ったが、「この間自転車で津久井湖まで行ったんですよぉ」とうれしそうに話していた。片道70キロの行程だ。
よく街中で見かける競輪のような自転車を持っているのだという。
彼の趣味嗜好をよくよく見ていくと、そこには父との明らかな違いが見つかり少し安心した。
私の父は「人付き合いしない」「NHKと教育テレビ」「登山と駅伝」「歴史もの大好き」とだいたい聞けば納得するテリトリーを持っているが、伊藤くんの場合「カポエラ」「マゾ」「登山」「自転車」「派遣女子」「料理」「観葉植物」とその守備範囲もぜんぜん関連性が見出せない。

転職先の会社はさすがにまともな環境らしい。とりあえず収入も安定するようだ。しかし普通に染まらず、いつまでも変人でみんなに愛される伊藤くんであってほしい。

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