今となっては一体どういうルートで行ったのか全く覚えていない。いかりくんはそもそもそういう下調べはしない人なので、この時もおれが事前にルートを調べたはずだが、全国地図も持ってないし、ナビも無いのにどうやって道を決めたのだろう。
全くたどり着く気配も無く、やがて日が暮れていった。予約していた宿に「かなり遅くなるかもしれない」と電話を入れ、おれたちはひたすら天河村を目指した。
途中何度も道に迷ったが、ようやく目指す山を発見し、山道を登っていった。
ところで我々は一体今日、何時間車に乗っていたのだろう。
インド旅行でも一日中バスの中、というのがあった。
ただこのときは寝てればよかったが、今回は自分たちで運転しなければならない。
山道をひたすら走り続けた。
山の中でラジオの電波も入らないので、情景には全く不釣合いの森高千里が車の中に流れていた。
「飲もお~今日はトコトン飲みーあーかそー♪」
しかし全くひどい歌だ。素人の学芸会のような歌と歌詞だ。これでプロとしてやってるんだから日本のミュージック界も落ちたものだ。
峠越えのような細い山道をどんどん登っていくにつれ、あたりは真っ暗になった。
街灯ひとつ無い山道で、舗装されてなければそれはもう登山道だ。
「ほんとにこの道でいいのだろうか」
「いや、おそらく日本一のパワースポットだ。天空都市マチュピチュのように多分ずっと上のほうにあるのさ」
まるで闇に向かって突き進んでいるようでおれたちは真剣に不安になった。
「最後に道を聞いた薬局のオヤジ、ウソ教えたんじゃないの?」
「このままでは遭難パターンだな。食い物何もないぜ」
「崖からだけは落ちないでね」
とその時、突然集落が開けた。
それはほんとに突然だった。
こんな山の中に民家がある。子供たちが花火をやっている。まるで昭和40年代初期のような風情だ。
「おお、ついに着いたぞ」
「あの薬局のオヤジはいい人だったんだ」
宿に入る前に、道端にあった自販機でジュースを買おうと思った。
ジュースの自販機が妙にかすんでいる。蛍光灯が古いんじゃないか。
おれはコインを入れようとして驚いた。
自販機はかすんでいたのではなく、その蛍光灯の明かり目指しておびただしい数の蛾やら何か分けの分からない昆虫たちがびっしりと自販機にこびりついており、おれがコインを入れようとした瞬間、そいつらが一斉に飛び立ったのだ。おれは驚きのあまりそこから飛びのいた。
宿に着いたのは、夜10時を回っていた。それでも冷め切った夕食が出て、おれたちはそれを食べ、今日はもう寝ることにした。
その宿はニフティーサーブの掲示板に質問を出したら、「おススメです」と誰かが回答したところだった。宿と言ってももちろん民宿だが。
自分たち部屋の外の廊下を見ると、既に真っ暗だった。後でわかったのだが宿泊客はおれたちだけだったらしい。
しかしこの暗闇と静寂さはなんなのだ。
何が起こってもおかしくないような、ホラー映画を地で行くような雰囲気だ。
そしておれたちはすぐに眠りについた。
・・・・・・・・・夜中の三時・・・・・・・・・・
おれは突然目が覚めた。
「ん、なんだなんだ?」
おれは暗闇の中でしばし考えた。しかし突然目が覚めた理由はすぐに分かった。
トイレに行きたいのだ。
しかしトイレは異常に長い廊下の先を曲がったあたりだ。
そっと障子を開けると、廊下は絶望的に暗かった。あの廊下の角を曲がったところに何かが潜んでいたとしたら、おれの心臓は確実に止まるだろう。まさに『リング』で貞子を目撃して死んだ人のように恐怖に引きつった顔をして死んでいくのだろう。そんな死に方はいやだ、いくらなんでもカッコ悪すぎる。
隣を見るといかりくんが豪快ないびきをかいて幸せそうな顔で寝ている。
おかしい、やつは車の中でおれにさんざん怪談話をしたくせに、なぜこいつが幸せそうに眠っていておれは一人怯えてトイレを我慢しなければならないのだ。
おれは部屋の電気をつけてやつを無理やり起こした。寝ぼけまなこのいかりくんは「どうしたんだよ」と寝ぼけた声を出した。
「おれは今からトイレに行くが、10分たっても戻ってこなかったら警察に通報してくれ」とおれは言い残し、トイレに向かったのだった。
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