ノロウィルス②

育児の部屋

 さて、病院に着いた。が、市立総合病院なので結構広い。どこへ行けばいいのかさっぱり分からない。誰に聞いたのか覚えてないが、とにかく教えられた方向におれはダッシュした。途中、道に迷いあたふたしていると、偶然妻と、妻に抱えられだらーんと寝ぼけたような顔をしたわが子が通路にあるベンチに腰掛けているのを見つけた。
わが子の手には点滴の針が刺さっている。まだ1歳半の子供の手に刺さる点滴は痛々しかった。しかし生まれてすぐ手術が必要な子供も数多くいるのだから、点滴くらいでビビッてはいけない。
事情を聞くと、おれとの電話の後、朝行ったクリニックに電話したところ、すぐこの病院に行くように指示されたのだという。病院にはクリニックから話しがいっており、すぐに処置してくれたそうだ。結果はノロウィルスだと判明した。このまま一週間入院だという。
しかしここに来るまでに3人の医者が診て、なぜ誰もノロウィルスを疑わなかったのだろう。冷静に考えれば確かにそのときノロウィルスが流行っていたじゃないか。数日前の妻の異常もたぶんノロだろう。

その日から私と妻は1週間、病院に泊まりこむこととなった。

その時期、おれの部署は一年のうちで最も忙しい時期であったが、おれは定時になると回りのヒンシュクの目も気にせず敢然と会社を出た。しつこいようだが家族より大切な仕事などないのだ。
夜は妻がエキストラベッド、おれは子供の寝ているベッドで添い寝していた。
そして朝6時に病院を出て家に戻り、シャワーを浴びて着替えて会社に出勤した。
病院としては別に夫婦で取り込まなくても全然構わないのだろうが、おれは一日たりとも子供から目を離したくはなかった。

そんな病院通いのある日、仕事上のことで社長とちょっとしたトラブルがあった。
展示会にとある団体をいつもブースを提供ていたのだが、今年は社長がその団体とつまらない意地の張り合いでもめていて、出させていいのかどうか保留になっていた。
「場所がもうないから難しい、それでもと言うのであれば直接社長に言ってくれっていえばいい。どうせ向こうはおれには電話なんかできないだろうからな、あっはっは」と社長は言った。おれは自分の部下に、もしその団体から問合せがあったらそう対応するように指示を出していた。
すると予想通り電話がかかってきた。当然部下はおれの指示通り、つまり社長の指示通り振舞ったわけだ。そのことでその部下が社長に怒られた、と聞いた。なぜ怒られなければならない。おれは社長に抗議しようと思ったが出かけていた。今日は帰ってこないらしい。そのとき、もうおれは病院へ行かなければならない時間だった。
おれは帰りの電車の中から社長宛にことの真意を確かめるべくメールを出した。すると詳しい内容は忘れたが、とにかくお前はバカかというようなメールが帰ってきた。
おれは電車の中でそのメールを読み一人でエキサイトした。冗談じゃない。
おれは電車を降りた後、直接携帯から電話した。いや、厳密にいうと、自分の記憶を確かめるために、この話をしたときに一緒にいた人に確認の裏を取り、それから社長に電話した。するとやつは激高しながら
「おれは事務的に処理しろと言ったんだっ、そんなことは言ってない。お前ボケたのか」
と言い放った。ボケたのはどっちだ。こっちは裏も取ってある。
「じゃあ、事務的ってどーゆーことですか」
「事務的は事務的だっ!他に意味などないっ!」
「だからそれじゃ分かりませんよ」
「お前ホントにボケちゃったのか」
「じゃあ断れってことですか」
「そうだよっ」
「じゃあ最初から断れって言えばいいじゃないですか」
「そんなことより小間とってこいっ!一体今、何小間だと思っているんだっ!」
と突然全然関係ない話を持ち出し一方的に電話を切られた。
なんなんだ今のは・・・。半ば呆然としていると、すぐにまた電話がかかってきた。
会社の部下からだった。
「いま、社長と電話してませんでした?」と部下は小声で言った。
「ああ、何で知ってんの?」
「今、社長が何か大声で電話口でケンカしていたから・・・」
なんだ、やつは会社にいたのか。それにしても腹の立つ男だ。
おれはそのまま病院への道を急いだ。

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