スーパースターの苦悩『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』

映画の部屋

テレワークの一つのメリットに、通勤時間がないということがあげられる。これは多少夜更かししても、翌朝9時までに机の前に座っていればいい、という余裕を生む。それをいいことにAmazonプライムビデオやGYAO!とかHuluとかの無料映画を観まくっていた。
そんな中の一つ、『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』。
これは昨年劇場公開した映画で、見そびれていた作品だ。

今となってはおそらくほとんどの人が知らないであろう「ビヨン・ボルグ」。
ウィンブルドン5連覇の伝説のテニスプレーヤーだ。
この映画は1980年のウィンブルドン決勝戦。絶対王者ボルグの前に立ちはだかるのは天才で悪童と呼ばれたジョン・マッケンロー。ボルグの5連覇のかかった試合で、この試合内容はまさに伝説の殿堂入りにふさわしいすさまじい試合だったのだが、この映画ではその舞台裏、王者ボルグの知らざれる葛藤と同じく悪童マッケンローの実は繊細な心の内に迫った映画だった。
見るまでそんな内容とは知らず、当時の試合やそれまでのトレーニングなどをドキュメンタリータッチで仕上げたものだろうと想像していた。
テレワーク中のなんちゃって鬱の精神状態の私にとっては少し重たく感じたが、
「完璧な人間などいない」
「スーパースターですら逃げ出したいほどの苦悩を抱えている」
というのは十分伝わってきた。しかしこのボルグとマッケンローを演じた俳優が見事になりきっていた。一昨年前の『ボヘミアン・ラプソディ」でフレディ・マーキュリーを演じた俳優を彷彿とさせるほど雰囲気は似ていた。

私がテニスを始めたのは大人になってからで、この「ボルグに影響されて始めました」なんていう話ではない。むしろ「テニスなんか男がやれっか、けっ!」と超偏見の目で見ていたくらいだ。テニスラケットはチャラ男のナンパの道具と思っていた。たまたま前の職場の近くにテニススクールがオープンし、会社の仲間がこぞって入会し、「一期だけでも付き合えよ」と、ついに押し切られる形で「じゃあ一期だけ…」と渋々、というかむしろ嫌々参加したのだ。ラケットは姉のつてで借りてきたが、それを持って電車に乗るのがとてつもなく恥ずかしかった。

スクールでは当然初心者クラス。初級のさらに下だ。私と同僚だったいかり君ともう一人か二人男性がいたと思うがあとの7、8人はOLだった。コーチは大学出たてくらいの小柄な女性だった。
もともと興味もなく、むしろ偏見で差別していたテニスは実際にやっていても楽しいとは思わなかった。それは私がもともと球技はあまり得意ではなかったというのも影響しているのだろう。だから一期が終了したらすぐに退会しようと思っていた。
当時、スクールの一期は3か月。その最後のレッスンで、生徒同士で試合をすることになった。
同じクラスのOLたちの中には多少の経験者もいたようだが、当時、私もめちゃくちゃ体を鍛えていた時期だったので、楽勝だと思っていた。むしろ手加減しないと空気が悪くなるだろうぐらい思っていた。
で、結果はというと惨敗。
「おかしい…」
筋力も脚力も、もっと言わせてもらえれば運動神経だって絶対自分の方が勝っていると信じていたのに一勝もできなかった。
これは自分にとっては衝撃だった。今までの「スポーツ」の常識が崩された思いだ。
「このままやめるわけにはいかない。奴等に勝ってからやめよう」
ということでもう一期継続することにしたが、問題はテニスが楽しいと思えないことだった。しかし今のままではOLたちに勝てない。
そんな時、当時のレンタルビデオ店で『ビヨン・ボルグのテニスレッスン』というのを見つけた。
もうその時はボルグはとっくに引退していたが、私もさすがに名前くらいは知っていた。
「運動神経や筋力だけでは勝てない。そうだ、今の自分に足りないのはテクニックだ!」
さっそくそのビデオを借りて観た。
「え?」
そこに映っていたのは私がスクールで見てきた「テニス」とは似ても似つかない映像だった。
「カッコいい…」
その瞬間に私のテニスに対する偏見も差別も一気に吹き飛んだのだった。

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