転職日記|ストレス特集

転職日記

4月号は「ストレス」の特集だという。
そもそも紙面の作り方の初歩的なことを理解してないので、何をどうすればいいのか全く分からなかったが、
「じゃあ今回は初めてだからおれと組むか」
と社長が言った。

先輩の女は
「最初はね、薬局とかたくさん行ってこなきゃダメ」
と言う。
取材の申込み方や取材方法そのものがわからないおれは聞いてみた。

「なんと言って取材を申し込むんですか。というよりどこに取材に行けばいいのでしょうか。何か薬局の名簿みたいなものがあるのですか」
「そんなの無いわよ。自分で探すのよ」
「わかりました。では、具体的に誰にどんなことを聞けばいいのでしょうか」
「そんなこといちいち考えてちゃダメ。まず行く。怖がってちゃダメ」
怖がってる? ふざけんな、誰に言ってるんだ。一応前の会社ではさんざん飛び込み営業みたいなことやってきたんだ。
「わかりました。じゃあ行ってきます」

おれは新聞の見本紙とメモ帳とカメラをカバンに入れて会社を出た。
見本紙を持っていったのには訳がある。
社長から「うちの新聞は業界ナンバーワンで、業界内では知らない人などいない」と聞いていたので、これを見せればみんな喜んで取材に協力してくれるだろうと踏んでいたのだ。

おれはまず新宿駅に降り立った。
「ストレス」と言えば
ビジネスマンが多くいる街=新宿
と当時のおれの中では新宿が最大のビジネス街だと信じていた。
なんと言っても7年間両国の下町で働いていたんだ。
発想の貧困さはいかんともしがたい。

そして西口に下りてみた。なぜ西口か。
おれの中では
ビジネス街=新宿=都庁のビル
という図式が思い浮かんだのだ。
7年間両国の下町で働いていた人間の思考回路なんてこんなもんだ。

おれは目に入った薬局、ドラッグストアに片っ端から入っていった。

「すいません、こういう新聞を作っているものですが、ちょっと話を聞かせてもらえませんか」

ところがどうしたことだ、みんな迷惑がる。

「そういうのには一切お答えできません」
「本部を通してください」
「今忙しいから」

何よりも、持っていった見本紙を見せても誰も知らないと言う。
これはどういうことだ。
「業界でNo.1で知らない人はいない」んじゃなかったのか。

野村ビルの地下にあったドラッグストアはひどいもんで、、ヒステリックなオバちゃん店員は、名刺と新聞を見せるなり

「何よ、そんな新聞も会社も知らないわよ!」

とヒステリックに叫んだ。そんなに怒るとこじゃないだろう。

「いや、別に新聞の勧誘じゃないんです。取材なので話を聞きたいと・・・」
「何でアタシがあんたなんかに答えなきゃいけないのよ!キッ!」

とヒステリックに追い返されてしまった。
そして西口近辺を回り終えると今度は東口に行ってみた。
しかしそこでも状況はそんなに変わらなかった。
両方あわせて10数件行っただろうか。

次におれは隣の代々木駅で降りてみた。
駅前にあったヒグチ薬局では

「うちはチェーン店だから、そういうの本部を通して」

と断られた。
次に入った店では何かを勘違いしたのか結構丁寧に接してくれた。

そして夕方になり、歩き疲れた、というよりも精神的に相当疲れていた。
「もう帰ろう・・・」
代々木から総武線に乗って会社に戻ろうとしたらうっかり眠ってしまい、両国まで行ってしまった。
両国で降りて上り電車を待つ間、複雑な感情がわいてきた。
つい先月まではこの駅を使っていたんだ。
もう今頃は会社が終わる頃の時間だ。みんなどうしているだろうか。
みんなは家に帰れるのに、おれはこれから会社に戻って今日の分の記事を書かなければならない。
果たして今日は何時に帰れるんだろうか。
上りの電車を待ちながら、ジワジワと大きな不安がのしかかってきた。
この転職はやはり間違いだったのだろうか。

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