天国への階段(レッド・ツェッペリンではない)

スピリチュアル

「今から緊急会議。全員会議室に集合!」
定時退社時刻の10分前に突然招集がかかった。
何事か・・・さてはボーナスが出ないっていう話か・・・
全員が集まったところで外国人社長が
「実は大変悲しいお知らせが・・・」
来たか・・・やっぱり出ないのか・・・
しかし社長はそこで言葉が詰まり、続きを喋れなかった。
すると隣にいた部長が「実は今、連絡が入って、○○が病院に運ばれて・・・亡くなり・・・」
やはりそこで言葉が止まった。
会議室に衝撃が走った。空気が一瞬にして重くなった。

同僚の急死。まだ43歳。
死因は「大動脈瘤解離」だという。要は大動脈瘤が破裂したということだろうか。
前日までは全く元気で、当日はたまたまそいつはテレワークだった。
午前中に「胸が痛い」と言い出し、救急車で運ばれ、レントゲンの準備をしている間に死んでしまったという。
まさに突然で「寝耳に水」とはこういうことか、という感じだった。
連絡を受けた時は衝撃だったし、空気は一気に重くなったが一方ではまるで実感がない。昨日普通に会話をしていた奴だ。
しかし当日、おそらく本人にも死んだ自覚が無かったと思う。
このパターンは、本人は体から抜け出し、病室の天井あたりからベッドに横たわっている自分の姿を見ていたはずだ。なんで自分がそこで寝ているのかを理解していない。
その傍らで泣いている妻や子供を見たことだろう。話しかけても誰にも聞こえない。
暫くして自分が自由にどこへでも一瞬で移動できることを知り、あちこちへ行ったんだろう。行く先々で誰に話しかけても誰も自分の存在を認識してくれない。おかしいなーとか思いつつ、これはもしかしたらヤバいことになってるんじゃないだろうか、まさかおれ、死んだ??え?死んじゃったの??
そして一筋の光が差し込み、とても気持ち良さそうなのでその光の方向に向かって上昇していくとお花畑があり、そこでお迎えが待っていた・・・
これが臨死体験者などから語り継がれてきたおおまかなストーリーで、こいつもきっと同じようなことをたぶん「体験」したんじゃないだろうか。

当たり前だが人はいつか死ぬ。100%例外なく。それは人に限らず命あるものは生まれた瞬間から死に向かって生きていく。ただ、普段はいつも死を意識して生活をしているわけでもなく、死ぬにしても歳を取った人から順番に死んでいくものだと漠然と考えているが、そうではないのだ。
「死」は誰にでも突然起こりえる。自分自身も例外ではない。その日は明日来るかもしれないし、今日かも知れない。そう思うと仕事上のストレスやらイライラやらプレッシャーをいつも大事に抱えていることがすごく愚かに思えてくる。もうここ10年くらい、いろいろなことでずっと我慢しながら仕事をしてきたように思う。しかしそれも先があるから我慢できたわけで、我慢の最中に突然死でもしたらたまったものではない。何のために今まで頑張って生きてきたのか悔やんでも悔やみきれない。


ところで彼はもう光に導かれて上ってのだろうか。それともまだ近くでうろうろしているのだろうか。それもあり得る。


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