超初心者が挑む富士登山⑫~下りもやっぱり地獄だった

富士山

「富士山の頂上付近は渋滞する」
というのは有名な話だ。
みんなご来光を頂上から見ようとして明け方に山頂めがけて来るから当然そうなるのだろう。
しかしこの認識は正確ではない。

前の日の7合目から8合目までの岩場の連続に少し参っていたおれは、昨晩山小屋の人に聞いたのだ。
「この先まだ岩場はずっと続くんですか」
「いやこの先はそんなにありませんよ。頂上の手前に少しありますけど」

ご来光のショーが終わり頂上を目指そうとした。
もう鳥居も見えている。
そして確かにそこは渋滞のように人が連なっていた。


「これが例の渋滞ね・・・」
ところが話はそんなに簡単ではなかった。

全く動かないのだ。
みんな登っているんだから止まるというのはおかしいじゃないか。
一体何をやってるんだろう・・・。
ここまで来るのに疲れ果てていて、歩みが遅くてノロノロ渋滞になるというのであればそれは理解できる。
しかし立ち止まったまま本当に動かないというのは理由が分からない。
すぐそこに頂上が見えるのに時間だけがずるずると過ぎていく。

全然進まないまま15分ほど過ぎた時、おれはふと別の不安にかられた。
このままだといったい頂上には何時に着くんだろう。
というのは下山を開始する時間も同時に迫っているからだ。
今回はバスツアーで来ているので当然帰りのバスの出発時間が決まっている。
下山道は頂上からルートが出ているのでどうしても一旦頂上まで行く必要がある。
いや、そうでなくてもここまで来たんだから頂上には到達しないわけにはいかない。
しかし列は一向に進まない。

停止→牛歩→停止→牛歩を繰り返すうちに動かない理由が分かってきた。

頂上の手前がまたなかなか手ごわい岩場になっており、それでみんな苦戦していたのだ。
中には腹ばいになって匍匐(ほふく)前進のように、本当に這いつくばりながら進んでいる人もいた。
途中ついに力尽きたか地面に寝そべってる人もいた。

じれったい渋滞にじりじりしながら自分も最後の岩場をよじ登り、
そして本当に最後の石段を登り、
ついに富士山頂に到達した。
日本最高峰に到達したのだ!
ここが日本で一番高いところなのだ!!

6時には着くつもりが、6時45分に頂上到着。
8合目の蓬莱館(3150m)を出発したのが1時30分だから約5時間かかったのか。
標高600mを登るのに5時間!
同じ標高600mでも高尾山なら1時間だからその困難さは5倍なのだ。
どちらにしてもこの渋滞で予想以上に時間をロスしてしまった。これは想定外だった。

「45分の遅れ・・・」
7時には下山を開始しなければならないから頂上にいられるのはあと15分。
トイレに行ったり下山のためのゲイター(小石が靴に入らないための足カバー)を着けたりしていたらあっという間に15分が過ぎてしまった。
まだ火口も見てないし、お鉢巡りは行かないまでも剣が峰も見てない。
しかしそんな猶予はない。
いや、猶予がないどころではなかった。
なぜなら下山に要する時間をおれは完全に読み違えていたのだ。


下山道は、最初はなんか道がふかふかで面白かったがそんなのは最初のうちだけで、次第にただの滑りやすい砂利道に変わっていった。

とにかく滑るので転んでる人がたくさんいた。
下りではあるが、そんなに簡単に進める道ではない。
転ばないようにゆっくりゆっくり慎重に降りて行かなければならない。
「下りは簡単に麓まで降りちゃいますよ」
「4時間程度で降りられる」
なんていうのは全くのデタラメだった。
標高が下がるので高山病の心配はもうないが、この歩きにくい道が延々と延びている。
結局下山道でも進んでは休み、また進んでは休み、という状況になった。

あまりの進めなさにおれはふと時計を見た。
結構時間が経っている。
今どの辺なんだろう・・・。
登山ナビアプリで現在位置を確認すると、絶望的に予定から遅れていた。
そのアプリによる富士スバルライン5合目への到着予定時刻は「10時58分」と表示されていた。
「ぎりぎり間に合うか・・・」
しかしこれは「休憩を考慮しない」と理論上そうなるというもので、現実的には休憩なしで進むことなどありえない。
それともこの砂利道、どこかの時点で歩きやすくなるのだろうか。

しかし下山道はどこまで行っても同じようなすべりやすい砂利道で、相変わらず何人も転んでいた。

7合目トイレというのがあり、この時点で到着予定時刻は11時58分を予想していた。
おれは諦めて、出発時に渡されたパンフレットにある「時間に間に合わない人はここへ連絡を」という番号に電話した。

「あの、ちょっと11時にはとても間に合いそうもないんですが」
「今どの辺ですか?」
「7合目トイレって書いてあります」
「ああそうですか、わかりましたー。気をつけて下山してくださいねー」

電話の声はやけに明るかった。
11時までに帰れないとどうなるんだろう。
本来なら今回のツアーはこのあと近くの温泉に行き、そこで2時間休憩をして18時ごろに新宿に着くはずだった。
出発時間に5合目に戻れなくてもバスは当然出てしまうだろう。
では後からタクシーで温泉まで行き、そこで合流すればいいのだろうか。うん、多分そんなところだろう。高山病や転んで捻挫したとかで下山時間に間に合わない人なんていくらでもいるだろうから、多分そういう救済措置があるのだろう。

おれは勝手に想像して納得し、また下山道を降りて行った。
それにしても一体いつになったら麓へたどり着けるのか、うんざりするほどまるで見当のつかない道のりだった。

つづく

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