子熊と戦った男

エッセイ

東京・奥多摩で登山家がクマに襲われ大怪我をしたそうだ。
八王子出身のおれは、奥多摩にはツキノワグマがいる、ということは昔から聞いていた。
仕事でもよく奥多摩には行ったが、さすがに車道には出てこなかったので実際に見たことは無かった。

ツキノワグマ。
のど元が白くて、穏やかな顔を想像しないだろうか。
しかし実際はそんな絵本のような話ではない。

以前、群馬の水上温泉郷にある「宝川温泉」に行ったときのこと。
でっかい混浴露天風呂がウリだったが、その温泉宿では熊を何頭か飼っていた。
それらはかなりでかいもので、檻には入っていたがちょっと恐ろしい光景だった。

翌朝、その中から体長50cmくらいの子グマが犬のように首輪で外に出され、宿の人からこんにゃくゼリーをもらって食べていた。あまりにもかわいかったので近くでずっと見ていると、宿の人がおれにもこんにゃくゼリーをくれた。それを子熊の前に差し出すと、子熊は一生懸命それを食べ始めた。

「かわいいー!」

おれはうれしくなって子熊の頭に手をやり、ムツゴロウばりに

「よーしよーし!」

と頭をなでた、その時だった。

おれの右前腕、肘から下に電流が走った。子熊がまるで人間の子供のように器用に頭の後ろに手を回して「頭さわんじゃねぇよ」と言わんばかりにおれの腕を払いのけたのだ。
流血こそしなかったものの、おれの腕は真っ赤に腫れ上がり、しっかりと爪の跡がミミズばれになっていた。
別に治療とか言うほどのものではなかったが、その子熊の力におれは驚いた。
と同時にさっきまでかわいいと思っていた目の前の子熊にとてつもない恐怖を感じた。
「熊、恐るべし」。こんなちっこい子熊でも、その力は想像を超えていた。
それ以来テレビなどで子熊を見ても決して「かわいい」などという感情は抱かなくなった。
むしろ子熊といえど、近づいてはならぬ恐怖の対象となった。

昔、極真空手のウイリーが熊と戦っていた。「クマ殺しウイリー」と宣伝していたが、対決シーンはフェイドアウトしていたので「クマ殺し」というのは言い過ぎではないかと感じていた。
しかし実際に子熊と対決したおれに言わせれば、まともに素手で戦って人間がクマに勝てるなんてありえないし、力のレベルが違いすぎてそもそも勝負にもならない。
おそらくウイリーの撮影のときはクマに麻酔を打ったか催眠術にかけたかしか考えられない。
断言するが、人間が素手でクマに勝つことは絶対にない。

話を戻して奥多摩のクマだが、猟友会がその行方を追っている。
ということは、見つけたら射殺するつもりか。
なんとも心が痛む。
確かにおれもクマは恐ろしいし、生活圏内にクマが出てはものすごく不安だろう。
しかしもとをただせば人間がどんどん自然を破壊し、彼らの住処を奪っていったのだ。
熊たちも別に復讐のつもりで人里に下りてきているわけではないだろう。

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