聖地巡礼の旅 第一部

スピリチュアル

「インドに行かないか」
1996年の3月、おれは戦友のいかりくんに言ってみた。
当時のおれは自身のプライべート面で相当参っており、いったいこの先自分の人生はどうなってしまうのだろうと迷走しまくっていた。もうここは何か大それたことでもしない限り展望が見えないと思うほど追い詰められていたのだろう。そして偶然いかりくんもちょうどその頃、彼は彼なりに人生のドツボにはまり、身動きの取れない状況にいた。いかりくんは新卒入社の時の同僚で、同じ部署に配属され理不尽なパワハラ主任と一緒に戦ってきた仲で、おれが会社を辞めた後もわりと頻繁に会っていた。またおれにUFO話を教え込んだのも彼だ。もともとスピリチュアルだの宇宙の法則だの超常現象だのが大好物だったおれはUFOの話も手放しで信じ、どんどん吸収していった。

インドと言えば、もちろん目的は「サイババ」だ。ちょうどその3年ほど前か、『理性のゆらぎ』という本が話題になった。著者は東大卒で東邦大学医学部客員講師で医学博士の青山圭秀氏。この本をきっかけに日本でサイババブームが巻き起こった。

サイババは神の化身だという。この本を読む前に週刊誌か何かでサイババの写真を見たときは正直ドン引きだった。まるでデビュー当時の井上陽水のようなアフロヘアでオレンジのローブ(ワンピース)。ビジュアル的にもこの人が神の化身だといわれても「勝手に決めるな」と反発したくなる。そんな時に確か日本テレビの特番だったと思うが、サイババの特集をやっていた。どんだけ怪しいのかと番組を見ていた。
画面には動いているサイババが映っている(当たり前か)。うわっ怪しい・・・と思っていたのもつかの間、サイババの言葉に引き込まれた。
「キリスト教の人はイエスに祈りなさい。仏教徒の人はブッダに祈りなさい。イスラム教の人はアラーの神に祈りなさい。誰に祈ろうと、その祈りの届く先は同じである」
「私はいかにも神である。しかしあなたもまた神なのだ」
「人は私に尋ねる。あなたは何者か、と。しかし人間は自分が何者であるかは考えもしない」
言葉の一つひとつがまさに「染み入る」ように入ってきた。もうビジュアルなどどうでもよかった。おれははすぐに『理性のゆらぎ』を購入し、あっという間に読んでしまった。
「これは本物だ・・・」という確信めいたものが芽生えた。おれは早速その本を無理やりいかりくんにも読ませた。
「どう思う?」
「うん、結構来るね」
「でしょでしょ?」

こうしておれはいかりくんも信者に勧誘したのだった。今思い出したがその頃おれは会社の自分の部署の何人かもサイババファンにしてしまい、その中の一人の女性は会社を辞めて1か月間一人でインドへ自分探しの旅に行ってしまった。
「信者」と言うにはちょっと大げさで、何か経典とか教会とかモスクとか、あるいは何かに入会する、というものがあるわけでもなく、グッズや壺を売っているわけでもなく、どこかで寄付を募っているわけでもない。そもそもそういうものが存在しないのだ。一方的なにわか信者と勝手に言ってるだけである。我々の情報源はもっぱら書籍だけが頼りだった。96年だからインターネットだって全然黎明期で、まだニフティサーブが大腕を振って威張っていた時代で、情報収集にも限界があった。

インドに行く、と言っても自力で行くほどの度胸も知識もなかったので、ちょうどその頃「インド・サイババツアー」を盛んに主催していたジャパンネットワークツアーズという旅行会社のツアーに乗っかることにした。3月に江東区西葛西にあるその旅行社に出向き、申し込みを済ませた。そして日本武道館の近くにあるインド大使館に行き、ビザの発行を済ませ、気持ちはまさに聖地へと向かっていた。出発はゴールデンウィーク。

つづく

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