人が弱る時(特に精神的に)、やはり低レベルのものを引き寄せやすくなるのだろうか。
おれが今までの人生の中で一番弱っていた時期といえばおそらく1995年の年末あたりだったろう。
当時おれは業界新聞の記者兼広告営業をしていて、新年特集号に向け忙殺されていたところに、前妻との離婚が重なった。
仕事上でも厄介な取材先とのトラブルが付きまとい、今考えるとよく体もメンタルも壊さずに乗り切れたと思う(いや、壊れてたのかも知れない・・・)。
そんな中、ある日路上で単行本が無料で配られていた。
タイトルは忘れたがずいぶん気前がいいじゃないかと思い、おれはその本をもらい暇つぶしに読んでみた。
すると病んだ心にはなかなか心地いいことが書いてある。
環境問題について「人間がすべて悪い」というくだりも共感できた。
そしてこの著者は「天の声」を聞くことができるという。
本来ならこのあたりで怪しいと思うはずなのだが、なにしろおれは心も体も弱り切っていた。
多分そういう危険センサーが働かなかったのだろう。
さらに手相ならぬ足裏診断というものがあって、とにかく手相よりも足相なのだというようなことが書いてあったと思う。
そして感想を寄せるハガキが添付されていた。
これも今考えればなんでそんなことしたのか分からないが、おれはそのはがきのアンケートに答えて投函してしまったのだ。
そして数日後、当たり前だが電話がかかってきた。
もっともその時点ではこれが新興宗教団体だとは知らなかった。
「先生がたまたま近くに来ているので、ぜひ(足裏診断を)受けてみませんか」
精神的に参っていたおれは、例えて言えばウイルスのセキュリティーソフトの入ってないパソコンみたいなもので、そんな怪しげな誘いに対しても何の免疫も働かずにのこのこ出かけて行ってしまった。
場所は埼玉の大宮のパレスホテルだったか。
そこでおれは足裏先生(弟子だと言ってた)と対峙した。
その隣には電話をしてきたお姉ちゃんがいた。
今考えればこれも新興宗教の常套手段だが、最初に
「ものすごくいい足相してますねぇ」
と持ち上げておいてから
「でもね、ちょっと気になることが・・・」
と言って不安をかきたたせる。
そして全く結論を言わない奇妙な足裏診断の後、おれはその姉ちゃんにロビーのところにあった喫茶コーナーで数時間軟禁されることになる。
その姉ちゃん曰く、おれの持って生まれた運命力みたいなものはいいのだが、何かが原因でその力を妨げている。
このままいくととにかくおれの人生にはさらなる災難が降りかかろうとしている。
それを食い止めるためには新年元旦に開催する富士山の麓にある研修所で行う4泊5日の合宿に参加しなさいと迫ってきた。
ここに参加した人たちがその後、みんな人生が好転してすばらしい生活をしていると言う。
おれは一瞬興味がわいた。
何といってもウィルスソフトが抜けてしまっているのだ。
しかしタダで参加できるわけではなさそうだ。
「それっていくらするんですか」
「決して安いものではありません、あなたが決心したら教えます。でも決心するということは、神に対して誓いを立てることだからそれを後からひるがえしたりしたらそれこそ大変なことになりますよ」
金額を教えない・・・
そんな営業手法が許されるのか・・・
「行く」と言ったら金額を言うが、その金額次第でキャンセルなんかしたら天罰が下るって、今考えればかなりぶっ飛んだやり方だ。
おれは探りを入れてみた。
「まあそれだけ価値のあるものであれば50万とかいうレベルじゃないんでしょうし・・・」
「当たり前です!人の人生を全く変えてしまうほどのパワーのあるものがそんなはした金額であるはずがありません!」
「(つまり100万単位ってことかっ)・・・」
冗談じゃない、なんでセミナー合宿に何百万も必要なのだ。
おれが参加できない理由をいくつか並べると、今度はまるで英会話の教材販売のセールスのようにことごとくその理由をつぶしに来た。
そして決め言葉は
「今のままでは大変なことになってしまいますよ。そういう人を私は今まで何人も見てきた。あなたにそうなって欲しくないのよ」
これも新興宗教の決まり文句だ。
当然おれはこんなものには参加しなかったのだが、後で伝え聞く話では、もしここに参加なんかしていたら、それこそおれの人生は大変なことになっていただろう。
後で知ったことだが、なんでもその合宿とは睡眠時間を極端に削り、二人ひと組でお互いを罵倒しあったり単純労働をさせてみたり駅前で歌を歌わされたりと人格崩壊のフルコースが用意されていて、身も心もボロボロになったところで洗脳が始まるという話だ。
なんで数百万円も出して人格崩壊をしなきゃならないんだ。
しかし不幸にもこの合宿は毎年行われて、実際そこに参加してしまった人も数多くいるらしい。
ちなみにこの教祖は去年だか一昨年だかに脱税と詐欺で逮捕された。
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