運動会の理不尽

育児の部屋

幼稚園の運動会だった。
別に運動会はいいのだが、朝6時に起きて8時までに集合、そして例にもれず私は撮影係というのが憂鬱だった。
入園式とか納涼会のときもそうだったが、我も我もとビデオカメラを構えている世の中のオトーサンたちに混ざるのがイヤなのである。運動会ともなれば当然早朝から席取り合戦が繰り広げられるのであろう。ああバカバカしい。
しかし妻はそんな私のデリケートな心境を全く無視し、
「あたしは園児の手伝いの係になってんだから、朝だらだらしないでよね」
と冷たく言った。

翌朝、おれはむずがる息子を起こし、幼稚園に行った。妻は息子の「ちゅうりっぷ組」の出し物の前の着替えなどの手伝いということで、教室に直行した。
園庭に取り残されたおれは辺りを見回した。
まだ8時前だというのに園庭のトラックの周りはブルーシートで埋め尽くされ、
オトーサンたちは目を血走らせながら手にはビデオカメラがしっかり握られていた。
中には脚立持参でがっちりと望遠レンズを搭載したマニアのカメラを三脚にセットし、
自身は脚立に乗ってガシッとトラックを見つめている猛者もいた。お前は芸能記者かっ!

こういう場合、無理に人ごみをかき分けて撮るよりも、ちょっと離れたところからズームで撮ったほうがいいということをおれは体験的に知っていた。
そこでブルーシートの一帯から少し下がったところにつり橋遊びのような遊具があったのでそこによじ登った。
そこでわが子の順番が来るのを待っていた。
最初の種目は15m走だ。年中組みが終わり、いよいよ年少組みのわが子の番という時に、なんということだ、おれのビデオカメラの電源が入らない!!
充電は丸一日していたので、バッテリー切れということはありえない。再起動だ、と思っても、そもそも電源が入ってないのだから再起動のしようがない。おれはパニックになった。まずい、これを撮り逃したら最近ただでさえヒステリック気味の妻になんと罵倒されるか分からない。おれはとっさにiPhoneを取り出した。これでも動画は撮れる。しかし悲しいことにiPhoneの動画録画には、さすがにズーム機能までは付いていない。おれが今構えているところからはずいぶんと距離がある。しかし何もしなかったらそれこそ何を言われるかわからない。おれはiPhoneを構えて、とりあえず撮った。再生してみると、案の定豆粒見たいのがチョコチョコ動いていて、どれが息子かも判別不能な映像だった。
「いかん、先におれの目下の状況を伝え、不可抗力による撮影不能を理解してもらわねば」とおれは妻を捜しに教室へ行こうとした。
ふと見ると、ビデオカメラの側面に取り外し可能のような蓋がついている。どうせ壊れたんだからとその蓋を力任せに取り外してみると、そこに四角いバッテリーが入っていた。なんだ、こんなところにバッテリーが入っていたのか。
おれはそのバッテリーを一旦取り外し、そして再び入れてみると、おれのビデオカメラは新世紀エヴァンゲリオンのように見事に再起動した。
次のプログラムからはこれで撮影できる。

全てのプログラムは午前中で終わった。
家に帰ると妻はしきりに疲れた疲れたと言った。
「あんたは何もしないからいいけど、あたしは疲れた」
「何もしないって、ちゃんと撮影したじゃないか」
「ふたつめのダンス、あなたやってって言ったのに出なかったじゃない。他のうちはみんなお父さんたちが出ていたのに」
「だって撮影してたら出らんないだろ」
「へたくそで手ブレばっかり。全然見らんないわ。見てると酔っちゃうわよ」
妻はおれにさんざん悪態をついた後、夜9時にはさっさと寝てしまった。
おれは一体何か悪いことをしたのだろうか。

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