体育指導員を目指し、私は行動を開始した。しかし
「もう説明会も面接も終了しました」
「もう締切ました」
など電話の最初でつまずいてしまった。
「何を今頃・・・」という感じだった。
時は10月。もう就職戦線は終盤に向かっている時期だから当たり前といえば当たり前だった。
そんな中、1社だけ間に合う所があった。
新興のフィットネスクラブチェーンだった。
早速採用試験に申し込んだ。
採用試験に先立ち、会社の説明があった。
そしてちょっと気になったのが「水泳教室の指導員」がメインの仕事ということだ。
水泳なんか教えられないよ。クロールしかできないもん。
やはり同じことを他の人たちも思ったのだろう。誰かが質問した。
「自分は特に水泳部だったわけでもなく、専門的に水泳を学んだわけではないのですが」
するとその面接官はこともなげに言った。
「いや、別に生徒と競争するわけではないので、自分が出来なくてもいいんです」
ええ、それでいいのか?自分が出来ないことをどうやって教えるんだ。
これを聞いておれは大学一年生の夏に面接に行った会社を思い出した。
【話し 脱線】
大学1年生の夏、アルバイトの求人誌を見てある会社に電話した。
「アルバイトはまだ募集していますか」
「大丈夫ですよ!今日は面接に来れますか」
そのままおれは面接に向かった。
その会社には既に学生たちが20人以上集まっていた。
間もなくして社員とおぼしき男が説明を始めた。
求人広告には「家庭を回り、教材の答案を回収する仕事」と書いてあったが、
どうやら家庭を訪問して教材を売りつける仕事のようだった。
まさに訪問販売だ。
答案の回収というのは、教材を買った家庭に定期的に訪問して、そこで添削するというものだった。
「仲良くなればね、お茶なんかも出してくれますよ」
と男はインチキくさい声で言った。
「添削で、自分も答えが分からなかったらどうするんですか」
と誰かが質問した。
「まあ、小中学生のだからね、心配ありませんよ」
ウソだね。今時のお受験の問題は相当レベルが高い。
あるいはそんなに売れっこないから今からそんなことを心配する必要はない、ということか。
そしてギャラは歩合制だという。
「本人の努力次第で稼ぐ人は普通のアルバイトの何倍も稼いでいますよ。やればやっただけ自分に返って来るんですからやりがいありますよぉ」と男は調子のいいことを言った
その後、このバイトがいかにやりがいがあり、人からも喜ばれ、なおかつ儲かるのかをとうとうと説いた。
ここは講習宣伝販売の会場か。
「さあ、みなさんどーですか。一緒にやりませんか!」
バカな学生が「ボク、やります!」と叫んだ。
「よし!一緒に頑張ろうな!」と男は調子のいい声で言った。
「さあ、ここまで話を聞いて、自分には無理、という人は帰って結構です。そう人はいますか」
明らかに「この状況ではまさか帰れまい」という計算が見えた。
「はい、自分には向かないと思うので失礼します!」
とおれは一番に手を挙げた。
男は信じられない、という顔をしていたが、おれはさっさと事務所を後にした。
【話し 戻る】
第1次試験は集団面接と筆記だった。
集団面接は15人ぐらいの学生が面接官5人ぐらいに対峙した。
まず順番に自己紹介と志望動機を述べていく。
この場合、最初に発言する人と最後に発言する人は確実にフェアではない。
20人もいたら言うことなど出つくして、後になればなるほどかぶりまくりになる。
しかしおれにはそんなことは関係なかった。
順番が後になるほど「先ほどの方もおっしゃられていましたが、私も・・・」などマニュアル通りの答えばかりの中、私の志望動機、そう、運動音痴撲滅の夢は誰も持っていない。
そしておれの番になった。おれは力説した。
「運動会や水泳大会、球技大会。運動のできる子はスターになれるが、運動の苦手な子にとっては地獄である。私はそういう子たちに体育の楽しさを教えてあげたい。できるようにしてあげたい。学習塾があるように、体操の塾があっていいはずだ」
5人いる面接官のうち4人はつまらなそうな顔をしていたが、面接官の一人はおおきく
うなずきながら聞いていた。この人が権限者であってほしい。
しかしこの面接、実は最初からおれにとっては完全に不利な負け試合でもあった。
それは他の面接に来ていた人たちの経歴にあった。
当時、教師があまっていた時代で、教職免許を取ったものの、教員採用されなかった人がたくさんいた。
つまり周りは「●●大学体育学部出身です」という人ばかりだった。
おれがどんなに高尚な理想を掲げたところで、「文系出身、中学と高校は体操部でした」ぐらいでは説得力ゼロである。
この会社はもちろん1次試験で落ちた。
そうか、この手の会社には教師になり損ねた人たちが集まってしまうのか。
それでは勝ち目はない。
しかし時間はどんどん過ぎていく。このままでは全業界で「今年度の受付すべて終了です」となり時間切れになってしまう。
うーん、せめて何かスポーツに関連した職業はないだろうか。
時間がどんどん過ぎていく中、ふと立ち寄った学生課の求人掲示板に
「営業職 水泳用品の製造販売」というものが目に止まった。
「うーん、水泳か…」
つづく⇒面接日記 その4(足跡水泳帽編)
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