面接日記 その4(足跡水泳帽編)

会社日記

「水泳」というものに直接興味はなかったが、スポーツ用品のメーカーに変わりはない。
それは両国にある社員数30名程度の小さな会社だった。
理由は分からないが、その会社の会社説明会はまだ行われていなかった。
ずいぶんのんびりしているな。
おれは早速会社説明会と面接に申し込んだ。
驚いたことにその会社では説明会の後、そのまま筆記試験、面接と一度にやってしまう作戦だった。
なるほど、それなら一日で済むのか。

説明会には20名ほどの学生が参加していた。
なんかほのぼのとした説明会だったが、それはこの会社が今まで新卒採用を大々的に行ったことが無かったため、単に慣れていなかったということらしい。

そしてこの会社から内定が出た。不思議なことに、それは薄々予感はしていたことでもあった。
分からないもので、その内定が決定に変わった頃、とある製薬メーカーから2次面接の案内と、やはり最後の方で受けていた出版社から内定が立て続けに出た。が、当然それらは辞退した。

約9カ月に及ぶ就職活動の中で、「落ち着くところに落ち着いた」というのが率直な印象だった。

結局私はこの会社で7年間働くことになる。入社日の前に新入社員8名、1週間の研修というか体験入社があった。要はただ先輩についてくだけなのだが、この一週間で部署を決めるという話だった。
部署とは具体的に「スポーツクラブ担当」「学校担当」そして「介護用品部」があるという。
「介護用品」?なんだそれ。まあ自分には関係ないか。実際8名のうち1人が介護用品部で研修を受けていたからそいつが行くものだと思っていた。
そして4月1日、簡単な入社式があった。
そこで社長より部署発表があった。

「●●くんといかり君、そして柴さんは介護用品部に配属となります」
え!!!!!なんで????
なんとおれは見事に介護用品部への配属が当たってしまった。スポーツクラブで働きたかったが、それがかなわないのでせめてスポーツ用品のメーカーへと思っていたのにこれは全くの想定外の出来事だった。
当時はそもそも「介護用品」って何?というぐらいマイナーな業界だった。
水泳帽のメーカーだと思っていたのに介護用品?話が違うじゃないか!

なぜこの会社が介護用品を製造していたのか、それはこの会社の歴史にあった。
もともとこの会社はベビーのおむつカバーで創業した。その後、2代目である創業者の息子がおむつカバーに使っていたメッシュを水泳帽に転用したところこれが大ヒットした。現在当たり前に使われているメッシュの水泳帽はもともとこの会社が開発したものだ。今はどうなっているのか知らないが、私が入社した当時、日本の名だたる大手メーカーの水泳帽はほとんどこの会社がOEM生産していた。

つづく

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