そしてあなたも騙される!振り込め詐欺は想像を超える

エッセイ

「もしもし!今どこにいるの?」

午後3時過ぎ、一番下の妹からスマホに電話がかかってきた。
何やらずいぶん慌てている。ついに母が倒れたか!
しかしその後ろから、母が誰かと電話で話している声が聞こえてくる。

「どこって、会社に決まってんじゃん」
「えー、さっきから兄ちゃんとその上司から何度も電話がかかってきてるよ」
「おれの上司は今、フランスのパリに出張中だ。国際電話でかけてるのか?あはははは」
「やっぱりそうだ!今、うちに振り込め詐欺の電話がかかってきてる!お母さん、お金おろしてきちゃった!」
「なに???」

電話の向こうで母が誰かと話をしている声が聞こえる。

「あ、今終わったみたいだから代わるね」
妹はそのまま母につないだ。
母は慌てていた。
「どうなった?鞄は出てきたんでしょ?」
「はあ?鞄って何?」
「だってあんた・・・え?じゃ、さっきの話は・・・今どこにいるの?」
「会社だよ」
「ドトールコヒーで鞄無くしたって・・・300万いるって言うから・・・」
「ずっと会社にいるよ」
「・・・騙されたってこと・・・(絶句)」
おれはもう一度妹に代わってもらい、すぐに警察に連絡するように伝えた。

のちに事の経緯が明らかになったが、同時にこれだけ振り込め詐欺が有名になりその手口があちこちで紹介されているにもかかわらず、なぜ被害者が後を絶たないのかが少し理解できた。

事の顛末はこうだ。
この日の昼ごろ、実家に電話がかかってきた。

偽おれ「あ、もしもし、おれだけど。すごい失敗をしちゃったんだ。絶対誰にも言わないでほしいんだけど・・・」
「何があったの」
偽おれ「絶対誰にも言わないでよ。実は上司と待ち合わせでドトールコーヒーにいたんだけど、鞄ごと忘れてきちゃったんだ。携帯も財布も全部入ったまま」
「あらまあ」
偽おれ「そんでその中にはこれから上司と一緒に行く会社に出す資料と600万円の小切手が入っていたんだよ。だけど店に電話しても鞄無いっていうし、警察にも届いてないんだって。書類は上司も同じもの持っていたのでいいんだけど、問題は小切手の方なんだ。3時までに持っていかなければならなくて・・・。ちょっとこれは会社に知られると立場がかなりまずくなるので、とりあえず上司が100万円、そして上司の親に取り急ぎ200万円立て替えてもらったんだ。だからなんとか300万円立て替えてほしいんだ」

その後、電話は上司に代わる。劇場型というやつだ。
その上司、なんと預金の怪しまれないおろし方まで指南した。

「私の親にもさっきおろしに行ってもらったんですが、こういうご時世なんで銀行もすぐにはおろさせないんですよ。だから何か聞かれたら”自分の手元に置いておきたい“と言ってください。そうしないとすごく待たされちゃうので」

電話の後ろでは偽おれがひたすら「ごめんごめん」と連呼していたそうだ。
しかしなんと、母はこれをそのまま信じてしまった。

そして信用金庫まで弱った足に無理をして出かけて行き、300万円の現金をおろしてきたのだ。
母の話ではやはり最初は行員が不審がり、詐欺の可能性は無いのかとか、電話がかかってきたのではないのかとかいろいろ聞いてきたらしい。
しかし母は指南されたとおり「自分の手元に置いておきたいだけ」と言いはり預金をおろしたそうだ。
最後はわざわざ銀行員が家まで車で送ってくれたそうだ。

母の留守中に妹が帰って来ていた。母は足が弱っているので外出であればいつもは必ず妹がついて行く。
だから母が留守ということ自体、妹にとっては不自然だった。
そこへ信用金庫の人に送られて帰ってきた。

「何してたの?」
「ちょっとお金をおろしに」
「どうして?」
「内緒」
「内緒ってどういうことよ」

それからも何度か電話がかかってきて、母は妹に聞かれないように廊下に移動してこそこそ話していて、妹が聞き耳を立てていると「これはおかしい」と思いおれに電話をしてきたのだ。

そして最初、お金は上司の自分と本人で受け取りに行くので安心してほしい、と言ったらしい。
もちろん直前の電話で「時間が無いので代わりの者に行かせた」となったのは言うまでもない。

「うちの会社の○○っていうやつが取りに行くから。でも、お金無くしたことがばれちゃうと困るから、現金と分からないように袋に入れて、ガムテープで止めて“忘れ物”って言って渡して」
母はその通りにして待っていた。

まるで絵に書いたような振り込め詐欺の手口だ。
なぜこれに引っかかってしまうのか。

振り込め詐欺は人の心理を知りつくした超クレバーな人間が考案したとしか考えられない。
しかもそれは回数、年数を重ねるうちにますます完全無欠のノウハウ、シナリオが出来上がっていくのだろう。
「手口がこれだけメディアやネットで公開されてるんだから今さら騙されるやつなんているわけないじゃん」と多くの人が思っている。

それでも新聞には日常的に振り込め詐欺被害の記事が出ている。
それを見た多くの人は
「なんで今さら騙されるの?もう騙される方が悪いよ」
と思うだろう。
私自身も、もうこれは自己責任だろうと思っていた。
そんな世間一般の気持ちをよそに、詐欺集団はほくそ笑んでいるはずだ。
「甘い甘い。そんな単純な話じゃないんだよ」
そしてこれだけ未だに新聞に被害報道が出るということは、振り込め詐欺が非常に成功率が高い手法なんじゃないだろうか。つまり減るどころかどんどん被害が実は増加しているのかもしれない。新聞に載るのはごく一部で、被害届も出さずに泣き寝入りしている人も相当数いると考えるのが自然だ。

振り込め詐欺は巧妙な「催眠詐欺」である。
想像するに、最初の段階で「絶対誰にも言わないで」というのがどうやら催眠へ導くキーワードのようだ。
これを最初に言うことで脳にブロックをかける。
あとはもう声が違うとか話し方が違うとか関係ない。
「疑う」ということができなくなってしまった。
「誰にも言わない」はすなわち「誰にも相談しない」だ。
いくら行員や警官がいても相談しない。
もちろん家族にも相談しない。
本人以外は催眠にかかっていないから一発でバレてしまう。だから相談させない。
あとはそれこそ巷でさんざん言われているベタな手法だが、母の催眠は解けなかった。

信用金庫で行員と警官に聞かれても「誰にも言わないで」という偽おれの放ったキーワードが強力な暗示となって母をコントロールできたのだろう。

母の催眠が解けたのは、本物のおれと電話がつながった時だった。
刑事が家に来て、犯人が受け取りに来るのを待ったが、奴らは何かを察知したのだろう、ついに現れなかった。
たぶんこれも「コール何回で出なければ警察が待機している可能性大」などの“危機管理マニュアル”があるのだろう。
おれはまったく奴らをナメていた。
母にも会うたびに気をつけるように言ってきた。
奴らは何をどういうタイミングで言えば相手を思いのまま誘導できるかを日夜研究し、実践し、日々スキルアップしているプロの詐欺集団だ。高齢者がかなうわけがない。
いや、いろいろブログを見ていると、騙されているのは高齢者ばかりではなく、普通の人も騙されている。人は思っているよりも簡単に騙されるのだ。
政府は憲法改正よりも刑法を改正して、詐欺と児童虐待は極刑にすべきだ。

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