第三話 緊急避難 

隣人トラブル

突然の隣人の襲撃から一夜明けた月曜日、妻はついに一睡もできなかったようだ。

 おれはまず市役所に行った。
受付の案内板を見ると、確かに「高齢介護課」という部署があった。
そこに行って事情を説明すると、奥から別の人が出てきた。
「犯人」の簡単なデータをプリントしていた。

そこには本名や所在地、生年月日が書かれていた。
それによると69歳だという。 
もう一度状況を説明し、このままでは奥さん子供に危険が及ぶ可能性があると説明すると、

「地域包括支援センターというところがあり、そこから今日中に訪問させましょう。お話しを聞く限りではやはり痴呆症が出ているか、あるいは脳梗塞の可能性もあります。そうであればしかるべき保護、あるいは民生員をつけるなど何らかの措置が必要です。場合によっては強制的に入院ということも考えられます」
「息子が隣町にいるという話しなんですが、その人と話ができませんか」
「まずは本人に今日聞いてみます。もし拒否したら、そのときはこちらで調べますから」

そしてその足でおれは警察署に向かった。 
警察署では「生活安全課」に直接行き、「近隣トラブルの相談です」と伝えた。

すぐに担当者が出てきた。
「昨日も一報は電話で●●さんという方に伝えたのですが、今、市役所に行ってきたのでその辺も踏まえてもう一度お話します」

とおれは再びことの経緯を説明した。

「そうですか。まず市役所がアクションを起こすでしょう。まずそれを待ちましょう。もしその間にまた来たとかあったらすぐに110番してください。大声を出しているだけでもいいですからパトカー呼んでください」 

まあそれしか今の段階では警察は言いようがないのだろうな。

ちょうど我が家は外壁塗装とベランダのリフォーム工事を昨年末から進めており、今日がその最終日だった。
ところが思わぬ事態に妻は大工さんに
「後ろの窓、全部シャッターつけたいんです。時間がかかるなら板で覆ってください!!」
と頼んでいた。
大工さんはこっそりとおれに
「塗装はまだ完全に乾いてないので、そこにテープとか張るのは避けたいんです。板貼るといっても、できれば釘打はしたくないんですけどねぇ」
と言った。

板で覆ったら明かりは一切入らなくなるし、大工さんの言うとおり躯体に釘なんか打ちたくない。
なによりもまた金もかかる。
大体それ以前に、何の非もない我々がなぜそんなことしなきゃならないのだ。
おれは妻に言った。

「ちょっと様子をみて、窓はそれからでも・・・」
と言ったとたん、妻が切れてしまった。

「なんで分かってくれないのよ、窓は絶対いや!」
と叫んでそのまま力が抜けたようにへたり込んでしまった。

眼がうつろだ。
さすがにちょっとヤバイなと思い、とりあえず窓はふさぐことにした。
そして夕方からまず一週間、妻の実家にみんなで移住することにした。

おれはこのまま裏のジジイを全く無視して暮らす自信はあるのだが、妻が許さなかった。

一週間分の着替えが必要だ。
旅行用スーツケースを出してきて、持てるだけ詰め込んでいた。

昨日の影響か、今日は子供が妙に母親に甘えるのだが、「もういいかげんにして!」と妻はヒステリックに怒鳴った。
多分妻にしても不眠不食で限界だったのだろう。 

子供と言えば、昨日おれがジジイと交戦しているさなか、子供はどこにいたのだろう。
妻はびっくりして自治会長を呼びに外に飛び出していったし・・・

あっ、おれがずっと抱っこしてたんだ! 
おれもかなりの大声でジジイとやりあってたらしい。
後で妻は「あんなおとう、初めて見た」と言っていたからそうなんだろう。

それを間近で見ていた3歳になりたての子供にはどんな影響を及ぼしたのだろう。

子供は泣かなかった。
そして一段落したとき、「さっきヘンなおじさんきたねぇ」などと言っていた。
パニックで崩れ落ちている母親を3歳なりに気遣ったのだろうか。

夕方、実家に向け出発する前に、近所の家に全部声をかけておいた。
そのうちの数件から意外な事実を聞いた。

昨年の8月頃、このジジイは近所の人たちに
「あの家の母ちゃんが風呂場で裸になって窓開けてワシに自分の裸を見せてた」
とか
「風呂場で母ちゃんが裸になって窓にくっつき、それを旦那が外から回って見える、見えないとかやってた」
などと触れて回っていたそうだ。

これはもう名誉毀損というか侮辱罪だろう。
完全に頭がいかれてる。

我々が出発する間際、市役所の人がジジイの家を訪問していた。
これでやつは強制収用されてくれるのだろうか。
市役所の結果報告が待ち遠しい。

つづく

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