第12話 平和が戻る日②

隣人トラブル

今日は朝から鬼嫁と息子が二人で実家へ行っていた。
なんて平和で自由な日曜なんだろう。このまま2泊ぐらい泊ってくればいいのに…。
しかし「なるべく早く帰ってくるから」と言い残して出て行ったから、へたすると昼過ぎには帰ってきてしまうかもしれない。風呂掃除は済ませておかないとまた怒りだすだろう。

おれが風呂掃除を始めようとした時、「ピンポーン」とチャイムが鳴った。
また宗教の勧誘か回覧板か。
インターホンのカメラをのぞくと若いセールスマン風の男が映っていた。
なんだよ訪問販売かよ・・・。

「なんでしょう」と不機嫌な声で答えると、その男は
「あ、今度裏の○○さんの家を取り壊すので、境界線の確認を…」
おお、ついに裏のジジイは引っ越すのか!朗報だ。
「はーい、今行きます」
とさっきの不機嫌声とはうって変わっておれは明るく返事をした。

ドアを開けた。
と、そこにはセールスマン風の男と、モニターには映っていなかったがなんと裏のジジイが後ろに立っていた。
何だこいつは、よくおれの前に出てこれたもんだ。
セールスマンは不動産屋の人間だった。

「裏の敷地との境界線として、ブロック塀の上にこういう境界線を示すプレートを貼らせていただきたいんですが」
「別にかまいませんよ」
「では後で写真に撮って書類作りますので、一応境界にに間違いはないということでそれにサインしていただきますので」
「いや、そもそもこのブロック塀は越してきた時にすでに建っていたから所有者も何も分かりませんよ」

おれはジジイの存在を無視してセールスマン風男とだけ話していたが、ジジイは勝手に喋り出した。
「昔は竹みたいので仕切っていたんだけど、それだと動いちゃうからってちょうど堺の中央にこのブロック塀建てたんだよね」
ジジイは改めて見ると、NHKの大河ドラマ『龍馬伝』に出てくる岩崎弥太郎の父親によく似ていた。
しかも一年前に襲撃してきた時とはまた別人のようにおとなしくなっていた。
セールスマンは
「向こう側の塀との境も中央で分かれているのでしょうか」
「いや、だから向こう側も自分が越してきた時はすでに建っていたものだから分かりません」
「じゃ、向こうの家の方に直接聞いてみていいですか」
「どうぞそうしてください」
そしてジジイとセールスマンはおれの隣の家に行ったようだった。

しばらくするとまたチャイムが鳴った。
今度はさっきのセールスマン一人だった。
「境界線お隣さんに聞いてみたんですが、やっぱり中央で間違いないということでした」
セールスマンが一人だったのでおれはすかさず聞いてみた。

「裏の人はいつ引っ越すんですか」
「来月の15日前後になると思います」
おお、それは素晴らしい。
「後に来る人は?」
「仲介業者が別なので詳しいことは分かりませんが、解体の時にまたその業者さんが挨拶に来ると思います」
「じゃあ次に越してくる人は知らないんですね」
「一度だけ会いましたが、30代のご夫婦だと思います」
「普通の人ですよね」と質問して、それは何の意味もないことをおれは言いながら理解していた。
セールスマンだってそんなこと聞かれても答えようがないだろう。

そしてついに裏の家が引っ越した。
我が家に平和な日々が戻ってきた。
年末にうれしいニュースだ。
思い起こせば11ヶ月前、裏のジジイの突然の襲撃以来、なんとも居心地の悪さを引きずりながら今日まで来てしまった。
襲撃の後には真剣に刑事告訴をしてやろうといろいろ調べまわったものだが、結局妻の反対の前に断念した。このまま何の報復措置もとらずに幕引きというのも自分の中では消化不良を感じるが、とりあえず妻は隣人に怯えて暮らすこともなくなるのだから良しとするか。

我々のつかんだ情報では、次にここに越してくるのは妻のママ友でもある斜め向かいの家の旦那の上司の息子夫婦らしい。
まあ普通の人であれば誰でもいい。

おれは早速リフォーム会社に電話した。
襲撃以降、裏の窓4カ所に貼った目隠し板をはずしてもらうのだ。
これでうちにも東北側からの光が戻ってくる。
平和の光だ。

コメント

  1. まる より:

    「隣人トラブル」
    面白く(たいへんな思いをされたのにすみません!)一気に読みました。

    他のブログもこれから読ませてもらいます。

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