第11話 平和が戻る日

隣人トラブル

先月、2ヶ月遅れの夏休みをとった。
ある平日の朝、妻は駅前のカーヴスに行き、子供は幼稚園に行ったのでおれは溜まっていた振り替えを消化するためにテニススクールのレッスンに行った。
そして帰ってきて車を家の駐車スペースに入れようとして、おれは異常な光景に緊張を覚えた。

なんと裏のジジイが道路に脚立を出して、枝切りを始めていた。
自分の家の木の枝を切っているのだからそれ自体は構わないが、問題はそのポジションだ。
ちょうど我が家の玄関とジジイの敷地の境の辺りの枝を切っている。
このままおれが家に入るために玄関に行くと、完全に鉢合わせになる。
今年1月の突然の襲撃以来、おれはこのジジイと全く顔を合わせていない。

何事もなかったような顔をして「こんにちは~」などという心の広さをおれは持ち合わせていないが、しかしこのままおれと鉢合わせになったときの奴の反応を見てみたい気もする。
今年の5月、妻が偶然ばったりと鉢合わせになった時はしかたないので妻はなるべく感情を出さないように「こんにちは」と言うと、向こうは何事もなかったかのようにフレンドリーに話しかけてきたそうだ。
「いやあ、前は悪いことしたねぇ。うちももう目隠しはずそうと思ってるから、あんたんとこもはずしていいよ」
位置関係では我が家の北側に裏の家の敷地との境の塀があり、塀の向こうは裏の家の庭がある。
襲撃事件のちょっと前からこのジジイはその庭のブロック塀のところにさらにホームセンターで買ったような目隠しをくくりつけていたのだ。

我が家はと言えば、ジジイの家に面している窓には全部板を打ち付けてふさいでしまっていた。
これだって何万もかかっているのだ。

しかしこの時の会話の中では、また家の売却話のことを喋っていたそうだ。
前々から売りに出していることは聞いていたが、かなり強気の売値をつけていたので一向に売れる気配がなかった。
「いつでも息子が(自分の家に)来いって言ってるんで、売れたらすぐにでも行きたいんだけどなかなか売れなくてねえ。あんたんとこで買わない?」
「いや、うちお金ないですから。ローンも残っているし」
このジジイ、どのツラさげてわれわれに対し「うち買わない?」とか言えるんだ。

ジジイの家の売却については、以前からインターネットでも確認できた。
画像つきで売りに出されていた。われわれ夫婦はひそかにこれを定期的にチェックし、一日でも早く売れ、一日も早くジジイが裏からいなくなることを願っていた。
先月見たら、当初よりも400万位値下げしていることが確認できた。というよりも大体それが相場価格で、今までが高すぎたのだ。
そして今月になって、突然情報が消えていた。
・・・・まさか売れたのか?
これでやつはいなくなるのかっ!?

情報が削除されたということは、買い手がついたか売りに出すこと自体を止めたかどちらかだ。
この間値段を下げて更新したばかりなので、売るのをやめたというのは考えにくい(考えたくない)。
では売れたのか。
もし売れたのであれば、早くて年内、遅くても3月中には明け渡すはずだ。
つまり4月の時点でまだジジイがあいかわらず居たら、売るのを止めたということになる。
断じてそんなことがあってはならない。
おお、ついに我が家にも平和な日々が戻ってくるのか。

つづく

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