きくち寛コンサートツアー「唄は祈りになれ」in日仏会館①

きくち寛

名古屋出身のシンガーソングライターに「きくち寛(ひろし)」という人がいる。
たまたまラジオのFM東京から「貴船川」という曲が流れてきたのを聞き、この人の存在を知った。
最初は南こうせつの新曲だと思った。声が似てると思ったのだ。しかし曲調は南こうせつの今までの曲とは全然違い、「南こうせつもいい曲作るじゃん」と思っていたら、ラジオのパーソナリティーが「きくち寛さんの“貴船川”をお聞きいただきました」と言ったので、これはなかなかすごい新人がデビューしたものだと思っていた。しかし実際はレコード会社を移籍しただけで、もう何年も前にデビューし、アルバムもすでに3枚出していたが、あまりに売れなくてすでに廃盤になっているという話だった。

さっそく「貴船川」の入ったアルバム「きくち寛1」を買ってきたらこれがとても良かった。というか、個人的に大好きなフレーズのオンパレードで、おれはあっという間にファンの一人になってしまった。
続く「ララバイ街角」というアルバムが出た。もっと聞きたくなり、ダメ元でとあるレコード店で移籍前のアルバムを取り寄せてもらった。すると「旅立ちの朝」という、本人としては3枚目のアルバムが普通に入荷した。在庫があった、ということなのだろうか。
しかしこれまた名曲ぞろいで、なんで今まで売れなかったのかが不思議だった。

ある時期からFMの音楽番組でレギュラーゲストになり、毎回2曲ぐらい弾き語りをしていた。
そんなある日、「全国ツアーをやります。東京は~」と、ライブの案内をしていた。
これはぜひ聞きたい、絶対聞きたい。
しかしきくち寛の歌は基本ラブソングで、ファンはほぼ99%、いや100%女性しかいないだろう。そんな中に一人ぽつんと男が入っていったらこれは絶対浮きまくるに決まっている。そんな中に飛び込む勇気はとてもない。
そうこうしているうちに東京開催の日が近づいてきた。どうしよう・・・。
そこでおれは考えた。
「当日券で入ろう」
当日券なら最後列とかはじっこしか残ってないだろう。直前で入って隅っこでこっそり聞ければいいや。終ったらダッシュで会場から抜け出そう。

で、まさにその当日、おれは少し早く会場に行き、まだ人が集まる前に計画通り当日券を買った。
「あ、あの・・・大人1枚・・・」
と買うのも恥ずかしかったのを覚えている。
無事「大人1枚」を買ったおれは、やはり少し早めに会場に入った。女性がわんさかいる中で自分の席を探すなんていう状況を避けたかったからだ。
自分のチケットを見ながら席を探した。

「ええっと・・・あれ?」

なんとおれの席は1列目だった。
「なんてこった!」最後列でもよかったのに1列目とは。そんなところに男が一人座っていたら、多分後ろの方では
「ねえ見て。あそこ、男が一人で座ってるわよ」
「えーホントだ。なんで男がきくちさんのコンサートに来てるのよ」
「変態なんじゃない?」
とかいう会話が交わされているんだろうとおれの頭の中に妄想が広がった。

1列目のどこだ・・・?
さらに自分の席はっと・・・・

「・・・あった!でもいや、そんなはずはない・・・」

自分のチケットと座席にある番号を何度も見直した。
そして自分の席の会場内での位置を冷静に確認した。
なんとおれの席は最前列のど真ん中。
こんなことがあるのだろうか。
当日券を販売していた姉ちゃんはいったい何を思っておれにこの席を与えたのだろう。

コンサートが始まるまでの間、おれはずっと下を向きなんとか気配を消そうとしていた。
後ろの方ではどんどん人が入ってきているのが雰囲気で分かったが、とても後ろなんか振り返れない。きっと女ばかりなんだろうな。

今のライブってステージに楽器がある状態でわざと客に見せておいて、時間になるとアーチストたちが袖から出てくるというのが普通だが、当時は幕が上がってスタートというのが一般的だった。
だから幕が開くまではステージ上がどんなふうになっているのかわからない。
そしていよいよコンサートが始まった。照明が消え、幕が上がっていく。

今回のライブツアーはギター一本の弾き語りツアーで、バックバンドはない。
つまりステージには本人一人しかいない。
そして当然本人はステージの「中央」にいた。
まさか本人も幕が開けて真正面に男が座っているとは思いもしなかっただろう。

あれから数十年、アマチュアはもちろん松田聖子や郷ひろみ、中島みゆきやさだまさし、甲斐バンド、森恵、ミスチルからスマップまでいろいろな人のライブを見たが、この時のコンサートを超えるものはいまだに出てきていない。

きくち寛コンサートツアー「唄は祈りになれ」in日仏会館②

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