子供の様子が変だった。
4日前の夜、突然40度に近い熱を出したと思ったら翌朝は何事もなかったように起きて、いつものように幼稚園に行き、プールも行った。が、その夜にまた38度の熱を出した。と思ったら翌朝はまたケロッとしている。そんなのが4日間連続で続いた。4日目は熱が出るのも早く、夜の6時くらいから出始めた。そして
「おなかが痛い」と言いだしたそうだ。
熱だけでもちょっと変な出方だったのに、お腹まで痛いとなると親としてもかなり心配になる。
妻はタクシーを呼び、市がやっている夜間小児急患診療所に連れて行った。おれも仕事が残っていたが、すぐに会社を出て追いかけた。そういえばちょうど2年ほど前、似たようなシチュエーションがあった。
当時1歳半になるわが子が突然下痢と嘔吐(と言ってもまだミルクだが)を繰り返すようになった。2、3日たっても全然良くならないので、やはり夜、夜間小児急患診療所に連れて行った。そこでは「脱水症状をとにかくつくらないように」と医療用のポカリスエットをくれた。翌日かかりつけの医者に連れて行ったが、「りんごジュースを飲ませるように」と言われたが、もらった薬もほとんど効かなかった。
おれは不信感を持ち、隣町の小児専門医院に連れて行った。しかし結果はここもまったくの期待はずれだった。
あまりにも下痢と嘔吐が続くので、翌日の朝、おれたちは再びかかりつけの医者に連れて行ったが、「じゃあ薬変えてみましょうか」と言って薬の変更をした。
その日の午後3時ごろ、妻から会社に電話がかかってきた。
「子供の様子がおかしい。目がくぼんで顔が変わっちゃった。顔色もなんか土色みたい」
なんてことだ、今朝、かかりつけの医者に見せたばかりじゃないか。
妻がその医者に電話して判断を仰ぐと、
「すぐに市立病院に連れてって。先方には自分が連絡しておくから」
と、至急市立病院に連れていくように言われた。
当然おれも仕事を全部投げ出して病院に向かった。
その時のおれの抱えていたプロジェクトは毎年3月に開催するデカいイベントだった。会期直前の超忙しい時だったが、今はそれどころではない。家族より大事な仕事なんてあるわけがないのだ。
電車に乗っている時間がじれったかった。妻はもう病院内にいるので携帯はつながらない。電話もこない。いったい事態がどうなっているのか全くわからない。
駅に着くとすぐにタクシーに乗り、病院に着くとおれはダッシュした。どこへ行けばいいのかもわからなかったが病院の中を走っていた。とにかく小児科を探さねば。かなりでかい総合病院なので何がどこにあるのかよくわからない。
そのうち偶然「小児科」のエリアとその前の椅子に座っている妻、そして妻の膝の上に座り腕に点滴のチューブが装着されているわが子を発見した。
なんとわが子はノロウィルスに感染していたのだ。確かにその頃ノロウィルスは話題になっていた。しかし解せないのはそれまで3人の医者に診てもらって、どうして誰ひとりノロウィルスの可能性を疑わなかったのだろうか。
結局息子はそのまま一週間の入院となった。幸い個室しか空いてなかったので、おれは毎日泊まり込んだ。毎日夕方6時に会社を上がり、そのまま病院に直行し、そのまま病院に泊まって朝、自宅に立ち寄りシャワーを浴びて着替えて出勤する、そんな状態が続いていた。
そんなある日、ちょっとした事件が起きた。
イベントの会期前で忙しさも精神的緊張もピークにさしかかる時期だが、そんなある夜、おれがいつものように病院に行く途中で、わが社(当時)のモンスター社長と電話で大バトルをやったのだ。
とある団体をそのイベントに参加させるかどうかで、こいつの言った指示をそのまま部下に伝え、当然部下はその通り実行したのだが、モンスターが
「おれはそんなこと言ってない!勝手なことしやがって」
とおれの部下に怒ったらしい。それを聞いておれも頭に来て、病院に行く道すがらケータイから社長のケータイに電話し、直接文句を言ったのだ。
「社長がそうしろと言ったんじゃないか」
すると相変わらず
「おれはそんなこと言ってない。お前はついこの間のことも忘れてしまったのか。頭、大丈夫か」
それはこっちの言うセリフだ!
「おれは事務的に処理しろと言ったんだ」
「事務的に処理って、そんな抽象的な言いかたじゃわからない」
「事務的は事務的だ」
「とにかく社長がそうしろと自分で言ったんじゃないか、そのばにいた○○も聞いてる」
「おれはそんなこと言ってない!」
挙句ま果ては
「(営業が)目標に達してない!どーすんだこれは!それがお前の仕事だろ!!」(ガチャッ)
とやつは電話越しに怒鳴り散らして一方的に電話を切った。
その後すぐに部下から電話があった。
「今、もしかしたら社長と電話してました?」
おれは社長が外出中だと思いケータイに電話したつもりが、やつは社内にいたらしい。
そこで誰かと電話で大ゲンカしていて、社内ではシーンとみんな耳をダンボにしていたそうだ。
おれはこの恐ろしくくだらないやり取りに時間とエネルギーを費やしたことを後悔しつつ、子供の待つ病院へと急いだのだった。
話は急に現代に戻るが、「お腹も痛い」といって連れて行った夜間小児急患診療所では、とりあえずの薬を1日分出すから明日、必ずかかりつけの医者に行くように、とのことだった。
かかりつけの医者、といってもノロウィルスを見抜けなかったという一件から、おれはいまだにこの医者に不信感を持っていたが、仕方ないので今日、会社には半休もらって連れて行った。
聴診器をあてた医者は、「ちょっと音が変なのでレントゲン撮ります」と言った。
こんな小さい子にレントゲンなんかあてて大丈夫なのだろうか。おれは完全に疑心暗鬼になっていた。
しかし診断の結果は「軽い肺炎にかかっています」。
そういえばここ数日、咳はしょっちゅうしていて、しかもなんか変な咳だったな。
かかりつけの医者、やればできるじゃないか。
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