「ねえ、電話番号教えてよ」・・・1

スピリチュアル

「運転免許を取りたい」
突然妻が言った。
「なにを今さら・・・」
うちから車で1時間くらいのところに妻の両親が住んでおり、もう高齢だから父親にあまり運転させたくない、子供も小さいから車を運転できれば何かと便利だ、ということらしい。

子供が生まれる前は何年間も妻はずっと昼間暇だったのだが、心配のネタを増やしたくないので「取らなくてもいい」とおれが阻止してきたのだった。
しかしまあ、そういうわけなら仕方ないのかもしれない。しかし今となっては妻もいい歳だ。免許なんか取れるのだろうか。
おれは自分の記憶を辿った。

おれが免許を取ったのは大学を卒業する直前だった。
そもそも父親が車を運転していなかったのと、駅が近かったので車の必要性を感じたことも無かった。旅行はいつも電車だったが、小さいときからそうだったのでそんなもんだと思っていた。で、おれは思春期になっても大学生になっても車には全然興味が無かった。
しかし就職にあたっては、少なくとも男は免許ぐらい持ってなければ話しにならない、と誰かに言われた。確かバイト先の人だったと思う。
「上司と営業に行った時なんかに、ちょっと君、車移動しておいてくれる、と言われてスイマセンぼく免許持ってないんです、じゃ世の中通じないよ」
なるほど、そんなもんかなと思った。

就職が決まったとき、その会社の社長には「今は(免許は)持ってないが、卒業までには取るつもりだ」と言った。社長は「そうですね、うちの会社では車を使うことはあまりありませんが、社会人として免許証ぐらいはあったほうがあなたのためにもいいと思いますよ」と言った。
(あとで分かったことだが、「うちの会社では車を使うことはあまりありません」なんて大ウソで、毎日車は必要で免許が無ければそれこそ話しにならない会社だった)

教習所はうちから徒歩5分くらいのところにある。土曜日、さっそく詳しい説明を聞きに行った。
教習所か、なつかしいなあ。おれは確か10月くらいに入所して、3月ギリギリで卒業した。当時、「運動神経のいい人はすぐ取れる」と言われていた。おれは自分の運動神経にはいささか自信過剰な面があったが、そんなのは全く根拠の無い都市伝説だった。
免許、というか車の運転に必要なのは運動神経じゃなく、判断力と記憶力だ。運動神経など全く関係ない。いつクラッチを踏んでギアをチェンジし、ハンドルはどれくらい切るか、など運動神経の出る幕は無い。もともと車の運転に全然興味が無かったし、免許を取ったとしてもそれはあくまで資格として持っていればいいくらいの気持ちだったので、おれは教習所が全然面白くなかった。だんだん行く回数も減り、ズルズルと3月までかかってしまったのだ。

最後の実技試験は3人一組で路上試験を受けた。おれのほかに男一人、女一人だった。
最初の男が教官と二人で実地をやっている間、おれと女は路上でぼーっと待っているしかなかった。
その女は妙にフレンドリーに話しかけてきたが、おれはタイプでなかったせいもあり、テキトーな受け答えをしていたと思う。今では信じられないが、この頃のおれは本当に心が狭くあさはかだった。

そしておれの番になり、おれはとりあえず何かをミスすることもなく試験を終えた。
試験が終わり、教室で結果発表を待っていると、一緒のグループだった女がおれのところに来て言った。

「ねえ、電話番号教えて」
「え・・・?」

普通に机が並べられた教室だから、周りにも当然同じように試験結果を待っていた人たちがいて、おれたちの会話は当然普通に聞こえてしまう。何人かがチラチラとこっちを見ている。
女は「これに書いて」とメモを差し出した。
これはもしかしたら「逆ナン」というやつだろうか。でもどうせなら仲間由紀恵似の子がよかった…。
おれは断る理由も見つからなかったので言われるままに電話番号を書いた。
「今度電話するね」
と、女は明るく去って行った。

それから1ヵ月後、本当に電話がかかってきた。
「ゴールデンウィーク暇?あたしの行ってた大学で5月祭あるんだけど来ない?」
とっさに断る理由が見つからず、おれは行く約束をしてしまった。

しかしその大学名を聞いて、おれはイヤな予感がしたのだった。

つづく⇒「ねえ、電話番号教えてよ」・・・2

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