第一話 隣人トラブル勃発! 

隣人トラブル

注意・・・以下のことはすべて実際に起こったことである。
 

日曜日の夕方、妻が夕飯の準備をしているときだった。
 ピンポーン! 
この時間の呼び鈴はたいてい回覧板だ。
「はーい」
おれがドアに向かって返事をする。
「いまいきまあす」と、どこでそんなセリフを覚えたのか、3歳になって間もない子供もドアに向かって叫んだ。
ドアを開けると回覧板ではなく、そこには裏の家に一人住まいをしているS老人(と言っても70歳前後か?)が妙な表情をして立っていた。この人に回覧板をまわしに行くことはあっても、向こうから来ることは初めてだった。回覧板を回しに行くと、いつもうちの子供におせんべなどをくれたものだった。子供が生まれる前は、妻にスイミングスクールの送迎バスの添乗のバイトをこの人に紹介してもらったこともあった。とにかく普通のご近所さん、あるいは好意的なご近所さんという感じか。息子夫婦が隣町に住んでいて、一緒に暮らそうと言われているので今の家を売りに出している、というようなことも言っていた。 そのS老人が立っていた。顔に笑みはない。それどころか手には枝切バサミを持っている。  

「どうしたんですか?」 
「いつも人の家を監視カメラでのぞきやがって、ふざけんじゃねえ!ぶっ殺すぞ!」
「はぁぁぁぁぁぁ?」 

おれは何がなんだかわけが分からなかった。しかしもっと驚いたのは妻のほうだった。 

「Sさん、なんでそんなこというの!そんなことあるわけないじゃないですか、だったら自分で見てくださいよ!」

 見せる必要もなかったが、見せりゃ納得するかと思って二階に連れて行った。ちょうど二階には天窓がある。しかしそれは屋根についているので当然かなり高い位置にある。 

「ほら、見てみろ、どこに監視カメラがあるんだ」 
「あの窓についているんだ!それがあっちこっち動いておれの家をのぞいているんだ!おれは見たんだからな!」
「!!!!あの窓の・・・どこにカメラがあるというんだっ!」 
「それだけじゃねぇ、いつもカミさんと風呂場でストリップとかやっていやがって!そんなのおれに見せて楽しいか!おれはいつも見てるんだ!」 
「ふざけんな!そんなバカげた話があるか!」

 おれもつい叫んでいた。
狂っている!!!!
我が家の窓でこの人の方に面している窓はすべて曇りガラスになっている。明り取りの機能しかなく、こっちから裏の家も見えなければ裏の家から我が家の中が見えるはずもない。 妻は絶望のような声を上げ、「自治会長さん呼んでくる!」と言って外に出た。自治会長は向かいの家なのだ。 
すぐに自治会長が飛んできた。
路上でS老人はまだエキサイトしていた。
「冗談じゃねえ、毎日あの窓から監視カメラでこっちのぞきやがって、カミさんにストリップさせたりいちゃいちゃしやがって、ぶっ殺してやる!」
 まだ「ぶっ殺してやる」とか言ってやがる。 
「まあまあ、そんなこと言うもんじゃありませんよ、何がそう見えるんですか」 
と自治会長はなだめた。そして一緒にS老人の家に入っていった。S老人は自治会長を自分の家の二階のベランダ連れて行き、そこから懐中電灯をおれの家の天窓のところに当てながら、
「ほら、あそこにカメラがあるでしょう。あれで毎日うちをのぞいているんですよ」 
「え、あれは違うでしょ、カメラじゃないですよ」
「いや、大体窓が多すぎるんだ。全部うちがのぞけるようにうちの窓に位置を合わせて窓を入れてやがる」
「そりゃ考えすぎですよ、Sさん」 
「冗談じゃねえ、何でこっちが先に住んでいるのにのぞかれないように窓閉めてなきゃならないんだ。チンピラどもにナメられてたまっか!」 
そしてしばらくして自治会長さんが出てきた。
そして小さな声で、「だいぶコーフンしているからね、後で連絡するから家に入っていて」といっておれたちに家に入るように指示し、帰った。
そしてまもなく電話がかかってきた。 
「いや、うちに来てもらっても私がそちらに行って話をしてもいいんだけどね、またそれを見てたりしたら、また自分の悪口言ってるとか思われるとまずいんでね、電話で話すね」
 そこでおれは自治会長といろいろ話しあった。ここに越してきてもう9年になる。その間、このS老人とは何の問題もなかった。それが今日はまるで別人だった。
おれは真剣に「アルツハイマー」を疑った。被害妄想というか誇大妄想というか、とにかく普通じゃない。おそらく論理的な話しの通じる状態ではないだろう。だからS老人と話をしてもダメだ。その家族と話さねば。でも家族の所在が分からない。 
そしておれは警察に電話をした。事の顛末を話したが、期待通りというかやっぱりというか、予想通りの答えだった。 
「次にもしきたら、ドアを開けずに110番してください」 
こいつは確かに枝切バサミを持ってきた。それは監視カメラのコードを切ろうと思って持ってきたのだろうか。それともただ単におれたちを脅かすために持ってきたのだろうか。「ぶっ殺す」だのなんのと言いながら、それを振り回すでもなく、またおれに「この野郎!」と格闘を挑んでくるでもなかった。もし格闘を挑んでくるのであれば、そこはおれも長年武道に身を投じたオトコとしてきっちり応戦するつもりだった。

おれはともかく妻が参ってしまっている。何時間たっても「まだ心臓がどきどきしている」と言ってる。風呂も「灯りをつけるのが怖い」と言って、電気を消したまま入った。昼間、おれは会社に行ってしまうが、その間、妻はいつまた突然S老人の襲撃にあうか分からない。そりゃ確かに不安だろう。今日は枝切バサミだったが次は包丁を持ってくるかもしれない。 「お前、だんなとおれのことを笑っていただろう、ぶっ殺してやる!」と超妄想言いがかりをつけてくるかもしれない。一番怖いのは放火だ。もし少しでもまともな思考回路が残っていれば、私の家に火をつければ、同時に隣接している自分の家にも火の手がかかることぐらい分かるだろうが、まともじゃないから何をしでかすか分からない。

しかしそんな爆弾を抱えたまま暮らすなんてできない。特に妻は耐えられないだろう。いつまた突然「ピンポーン」と鳴らされるか、あるいはもう二度と来ないのかもしれない。でも少なくとも妻は「ピンポーン」がトラウマとなり、これが鳴るたびにびくびくしなければならないだろう。こんな状況を放っておくわけにはいかない。 
明日、もう一度おれは警察と市役所に行くつもりだ。電話に出た警察の人が、「市役所の介護の課に言えば、隣町に住む息子を教えてくれるかもしれない」と言っていたのだ。しかしそれはあまり期待できそうな気がしない。それよりも、おれが相談すべき警察の部署が違っている可能性のほうが大きい。後で調べると、これは「生活安全課」であるという。よし、明日はさっそくそこに行ってみよう。
それから奥さんと子供はしばらく奥さんの実家に預けるか。

                                                          明日につづく

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