運動会だ。
毎年憂鬱なイベントの一つ。今年もまたやってきてしまった。
しかも今年は幼稚園最後とあって、妻の気合の入り方も違う。
「今年は場所取り、並んでね。あと今のビデオカメラ、使い方よくわかんないのよ。
あんたが買うのっていつもそう。新しいの買うからね。あたしが選ぶ」
そして妻は本当にSONYの最新式のハイビジョン対応ビデオカメラを買ってしまった。
おれはパナソニックの「小さいでしょ、スゴイでしょ」ととてもオバさんとは思えない森高千里が宣伝しているやつを推薦したが「あなたの選ぶやつはいつも失敗する」と理不尽な言いがかりをつけられ
聞く耳を持たなかった。
場所取りで並ぶなんてみっともないことはしたくない。
しかし妻は勝手にママ友と話しを決め、おれは朝6時に幼稚園に向かうことになってしまった。
いや、この場合は前の晩からでなかったことをむしろ喜ぶべきなのだろうか。
朝、幼稚園に着くと既にブルーシートの上に何家族かはいたが、どうも例年のように殺気立ったものはなく、わりと紳士的な穏やかな立ち上がりだった。
おれは前から2列目に自分のレジャーシートを敷き、自分の陣地をさりげなく周囲にアピールした。
この日、台風が去った後だからか気温はどんどん上昇し、たちまち30度を超えてしまった。おれは直射日光をまともに受けながらひたすら始まるのを待った。いや、始まって終わるのを待っていた。
やがて開会式が始まった。
今回の武器はソニーの最新式ハンディカムだ。ズームにしても歩きながらでも手ぶれがしにくいという。
しかし前回もそうだったが、あの小さい液晶ファインダーでは自分の子供がどこにいるのかなかなか発見できない。
今回の作戦は、妻に息子がどこにいるのかをナビゲートさせることだ。そうすれば万が一撮り損ねてもそれはおれの責任ではなくなる。これは見事に当たり、今回はほとんど見失うことなく撮影ができた。
しかしここでおれは大きな問題に気づいた。
ファインダー越しに見る運動会なんて面白くもなんともない。おれだって自分の子供が動いているのをそのまま見たいのだ。ビデオの撮影者は必ず直面する問題だろう。世のおとうさんたちは絶対そう思っているはずだ。
おれは当然の権利としてそれを妻に言った。
「じゃあ次はあたしが撮るわ」
ホントかよ・・・。
運動会も終わり数か月後、今度は「音楽発表会」なるものがまた幼稚園で行われた。
そういえば去年もなんかこんなのあったなぁ。
「今回はあたしが撮るからおとうは見ているだけでいいよ」
おお、妻は運動会の時の話を覚えていたのか。
うちの子のクラスはトップバッターだった。
妻がハンディカムを構えている、一応。
舞台の幕が上がった。
「ねえ、どこのボタン押せばいいの?」
今頃何言ってんだよ。
おれはすぐに録画の赤いボタンを押した。
お、始まった。
「ねえ、ズームはどうやんの?」
なんだよ、そんなの始まる前に確認しとけよ。だいたいお前が操作がわかりづらいからって買い換えたんじゃないか、しかも自分で選んで。
しかしもう息子の演題は始まっている。
今回もおれがファインダー越しに息子を見ていたのは言うまでもない。
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