デビュー当時の松山千春はスゴかった

音楽の部屋

youtubeで松山千春の35周年記念コンサートというのがやっていたので電車の中で見ていた。見ていて思ったのだがもしかしたら平成生まれの人って、松山千春って最初っから今のような毒舌スキンヘッドのキャラだと思っているのではないだろうか。
別にファンというわけではないが、松山千春の全盛期をリアルタイムで見ていた人間として言わせてもらえば、もし今、全盛期の松山千春が現れたら、今のJ-POPの連中なんて誰もかなわないだろうなと思う。
超個人的な主観としては90年代から音楽シーンは目まぐるしく入れ替わり、支持されるミュージシャンや曲も短期間でその人気が色あせているように感じてしまう。さらに言えば、似たようなカラーが多くて個性がない。こう言うとすぐに「おじさん世代」とか言われちゃうのは分かっているが実際そう感じるのだからしょうがない。多分私の前の世代は「歌謡曲」と「フォーク」「ロック」(クラシックやジャズはとりあえず置いといて)ときれいに住み分けされていた、と思う。フォークと日本のロックが今でいうJ-POPになるのだろうが一世を風靡していたのが井上陽水、吉田拓郎、かぐや姫だったんだろう。そしてほぼ同時期か少し遅れてだか荒井由実(松任谷由実)やチューリップとかグレープとか甲斐バンドとか出てきて、70年代後半にはさだまさしや中島みゆき、チャゲ&飛鳥、世良公則とか来生たかおとか長渕剛とか、とにかくいろいろな個性派ミュージシャンが登場した。年代別で振り返ると70年代後半から80年代中盤あたりまでが、例えて言えば「高品質のミュージシャン」が大量に出てきた時代だったと思う。好き嫌いは別として、みんな高いレベルでの実力者ばかりだった。
松山千春のデビューは確か1977年か76年だろうからちょうどその時期に当たる。
ギター雑誌なんかではすでに「北海道でコンサート、失神者続出!」などの見出しの記事が出ていたが、その歌はテレビはもちろんラジオでもなかなか流れてこなかったので「北海道で人気」と言われてもピンとこなかった。北海道ではデビュー前からラジオ番組などにも出ていてそこそこ知られた存在だったらしい。しかし4枚目のシングルを出した時に初めてラジオで聞き、その時はかなりの衝撃だった。今までに聞いたことのない声だった。それから全国ツアーも始めたが、各地の「小ホール」巡りだった。今でもyoutubeに小ホールでのライブの音声がアップされてるが、その音声だけでもすごい。その場にいたら圧倒されていただろう。
その後ニッポン放送の深夜ラジオ「オールナイトニッポン」の第2部のパーソナリティーになった。この2部というのは午前3時からのやつだ。一気に火が付いたのは5枚目のシングル「季節の中で」がグリコのCMソングになり、多くの人の知るところとなり、そこからはもう独壇場で全国区にのし上がっていった。歌番組でも当然ベストテン入り、深夜ラジオは1部(午前1時から)に昇格。コンサートは小ホールどころか武道館が満員になった。声も良かったが当時は男から見てもカッコよかった。
個人的には4枚目アルバムあたりから好みに合わなくなり、それ以来ほとんど聞かなくなっていたがいつ頃からだろう、突然スキンヘッドにサングラスがトレードマークになっていた。35周年コンサートは動画で見ただけだが十分面白く、またとても60過ぎの歌声とは信じられないほど常人離れしている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました