日曜日の夜9時過ぎ、5歳の息子が寝ようと布団に入ったところで
おれはおもむろに子供にすっぽり布団をかぶせた。単なる悪ふざけだった。
子供は遊んでもらってると思い無邪気に喜んでる。
それからおれは子供の体をくすぐり始めた。
「きゃははは、きゃははは」
となおも子供は喜んでる。
おれは調子に乗り
「よーし、次はムツゴロウごっこだ!よーしよしっ!」
と、ムツゴロウがライオンだのトラだのにすりついていくように
子供の頭やおなかをなでまわした。
「きゃはははは、きゃははは!」
そして次の瞬間、おれはまるで落雷にあったかのような衝撃(雷に打たれたことなんかないけど)を顔面に受けた。子供の後頭部が突然布団をすり抜け目の前に現れ、あっと思った瞬間には私の鼻に激突していた。
それは今までに体験したことのない衝撃と激痛だった。
「ガン!」ではなく、「グチャッ!」もしくは「ベチャッ!」という何かが潰れたような音が確かに聞こえた。
おれは自分の身に、何かすごく良くないことが起こったことを察知した。
ただ単に鼻に物がぶつかった程度では済まされない何かがおれの顔に起きている
「これはいわゆる、鼻が折れたというやつか・・・」。
鼻の中に溜まってきた大量の水分は鼻水なのか鼻血なのか暗くてよく分からない。
同時に大量の涙が出てきた。鼻を打つとなぜ涙が出るのか、人体の神秘である。
暗闇の中でおれは上を向いたまま、自分の鼻を確認した。
うん、鼻は確かにある。そこだけまっ平らになっているわけでもなさそうだ。
子供は何が起こったのか分からずにポカンとしていた。
「寝かそうとしたのにふざけてるからよ」
と妻は冷たく言った。
おれはそのまま階下に行き、しばらく座椅子を倒してその上で死んだふりをしていた。
鏡を見ることが怖かった。
しかししばらくたって、ようやく衝撃感が少し収まってきてから、おれは勇気を出して
洗面所に行き鏡を見てみた。
とりあえず鼻は普通にある。が、目と目の間がぼわんと腫れぼったくなり、触ると
ぐらぐらというかぱこぱこというか、安定してない。
そしてやはりというか、全体的に右に少し曲がっていた。
曲がり方は微妙だった。眉間を支点に右に5mm以上1cm以内という感じで傾いていた。おれは考えた。これはもともとこうだったのだろうか。それとも先ほどの頭突き攻撃で曲がったのだろうか。人間の顔なんてそもそも完全に左右対称ではなく、誰でも多少は歪んでいるんだろうから少しくらい鼻が曲がっていても、それは本人さえ気づいていなかっただけの話かもしれない。
とりあえずおれは今、何をすべきか。
しかし何も案が浮かばないのでとりあえず湿布薬を小さく切って腫れてる部分に貼って寝た。
翌日、まだ腫れてはいたが、自分で言わなければ鼻の曲がりはおそらく誰も気づかないだろう。
病院へ行くといっても、こういう場合何科に行けばいいんだろう。整形外科?美容外科?
Yahoo知恵袋で調べると、鼻の骨折は「形成外科」らしい。そもそも「形成外科」と「整形外科」の違いもよく分からない。まあとにかく形成外科へ行けばいいのだな。しかしその治療はさらに激痛を伴うと経験者は口をそろえて言っている。
「ペンチのようなものを鼻に突っ込み、そのままグキッと・・・」など恐ろしいことも書かれていた。
「別に呼吸に支障があるわけでもないし、このままでもいいかな・・・」
しかし鏡の中のおれの鼻は相変わらず「5mm以上1cm以内」の微妙な傾きを続けていた。
水曜日、夕方に形成外科に行ってみた。
医者はおれの顔を見るなり言った。
「ああ、大丈夫です。折れてたとしても治療は必要ありません」
はあ?
医師の話によると、鼻の軟骨は自然に固まるのでよっぽどの変形でもない限り、鼻が折れても普通治療などしないのだという。さらに治療するとなると、それは相当な痛みとストレスを伴うものだから、なおさらお勧めしないということらしい。
おれの場合、まさによく見なければ気がつかない程度で、それも
「たぶん今、まだ腫れが引いてないから余計曲がっているように見えるんでしょう。腫れが引けば元通りになりますよ」
とにかくおれの鼻はほっておいても2週間後には元通りになるわけだ。
よかったよかった。
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