登山アプリの天気予報を見ていると、台風接近にもかかわらず富士山の状況は時間とともに良くなっていった。登山に向けてA-Eまで評価判定され、これはかなり刻々と変化する。
Aは登山日和、Eは危険、という意味だ。頻繁に見ていると大体B判定で落ち着いている。
多分問題ないだろう。
出発の前日、おれは17時とともに会社を定時ダッシュして帰宅した。
明日は4時起きだが、おそらくコーフンして今日は眠れないだろう。そんな心配をよそに、9時にはもう夢の中にいた。
翌朝、曇ってはいたが都内の天気と富士山の天気は全然違う。アプリで見ると、5合目、山頂いずれも晴れているようだった。
集合場所は新宿駅から5分ほどのところにある「新宿郵便局」前。
続々と富士山バスツアーの客が集まってくる。
一人での参加の人も結構多いし外国人も多かった。
本格的な登山スタイルの人もいれば「お前ディズニーランドに行くのか」と思えるほどラフな格好をした人もいる。まあ現地でいろいろレンタルするのだろうけど、それにしても着替えとか最低限持ってくものってあるだろう。
バスは7時20分に定刻通り出発。
八王子インターまでの間に多少の渋滞はあったものの、その後は順調に進み、談合坂で40分間の要らない休憩。その分少しでも早く現地に着いて少しでも早く登山を開始したかった。
それでもなんとか11時前には麓の1合目に到着していた。
ここから富士スバルラインで5合目まで登って行くわけだが、その間にも曇ったり雨が降ったり晴れたりと目まぐるしく天気は変わっていった。
やがてバスは「富士スバルライン河口湖5合目」に到着した。
と同時にゲリラ豪雨がやってきた。
「富士登山に雨はつきもの」と覚悟はしていたものの、最初からこの豪雨の中を行かなければならないというのは気分的にもなかなかつらいものがある。
現地の係員が我々のバスに乗り込んできた。
「さっきまで晴れてたんですけどね、急に降ってきちゃいましたね。本当は外でいろいろ説明をする予定でしたが雨なのでこのまま注意事項を説明しますね」
現地係員がバスガイドのようにマイクで休憩所やレンタル品の受け取り場所、登山にあたっての注意などを一通り説明し終わると、なんとありがたいことに雨がピタリと止んだ。
バスから降りるとさすがに涼しかったが、別に酸素濃度が薄いという実感はまだなかった。
富士スバルライン河口湖5合目というのはお土産屋が立ち並ぶ観光地のようで、おれたちのツアーの拠点は「富士みはらし」という「お土産屋 兼 レストラン 兼 レンタルグッズ 兼 休憩所」になっていた。
1Fのカウンターでレンタル品を受け取り、3Fの大広間で準備と1時間の低酸素順応時間を取る。
既にここは標高2305m。高尾山の3倍以上の高さにある。
レンタル品はデカい袋に一式入っていたが、まず「重い」と感じた。
なんでこんなに重いのだろう。
登山靴を除いても重い。
そもそもリュック自体が想像以上に重かった。
本格的な登山用なのは分かるがそのくせ荷物があまり入らない。水だの行動食だの着替えだのを入れたらパンパンになった。しょってみるとまるで背中に重りを付けたみたいだった。ホントにこれをしょって登山をするのか。まあ水と行動食は消費と同時に減ってはいくんだろうが、それにしてもかなりの重さだ。
用意している間に1時間は簡単に過ぎてしまった。
とにかく出発しなければならない。できれば山小屋へも明るいうちに到着したい。
外に出てこの重いリュックを背負った時、「あ、空気が薄い!」と実感した。
リュック自体が体に密着、というか体を締め付けているのだ。
歩き出してすぐにその息苦しさを感じた。
リュックの肩ベルトが自分の胸を圧迫しているから余計に呼吸が浅くなる。
こんなので頂上まで行けるのだろうか。
しかし今はもうすでに登山道入り口にいるのだ。まさかここで撤退など死んでもありえない。
さいわいにも雨は上がったままで晴れ間はないものの、いつまた降り出すか分からないような空模様だった。
こういう時、どうしても気持ち的には「雨が降らないうちに少しでも先へ急ごう」となるがここは我慢で、高尾山で練習したように亀歩きでノロノロ行かなければならない。
Youtube動画でさんざん見た光景が実際に目の前に広がっている。
動画では分からなかったのが体感気温、空気の薄さ、そして匂いだ。
そこにあったのは森林の緑の匂い、に馬糞の臭いが混ざったものだった。
整備された道をしばらく行くと「吉田口ルート」の標識が出てきた。
いよいよここからが富士登山の本番だ。
そしてここがまさか「地獄」への入り口だとは気づくはずもなかった。
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