長野の戸隠神社に龍はいるのか②~延期編

スピリチュアル

長野県でパワースポットを検索すると、意外なほどにあまりヒットしない。
そんな中でも戸隠神社は有名で、神社や風水の本では大抵紹介されている。
長野駅からバスで1時間くらいで入り口に着き、全体を見て回るとおよそ3時間くらいかかるらしい。

昔から瞑想だの潜在意識だの引き寄せの法則だの宇宙人だの超古代文明などの話は大好きなのに霊感はゼロ、オーラも見えない、直感はたいていハズレてきた。こんな調子で龍なんか見れるはずがないと内心自覚はしているのだが、京都の鞍馬寺の地下室の印象があまりに強烈で、別に龍が見れなくても摩訶不思議な所へはとりあえず行ってみたい、という気持ちだった。


「神社へ行くと運命が好転する」とSHINGOをはじめ多くのスピ系の人が言ってるが、では初詣に行った全国何千万の人たちの運命がはたしてみんな好転したのだろうか。そんなはずはない。
そもそもおれは古事記や日本神話を信じてるわけでもなく、単なるファンタジーとしか思っていない。だから神社に行ってもいったい誰にお願い事をしているのかも実はよくわかってない。
こういう態度で行くから龍も出てこないのだろう。

神社巡りが趣味な人というのが少なからずいるようで、その類いの本も多い。考えてみれば今年に入りおれも結構なペースで神社巡りをしているが、なかなかその魅力というのが分からない。神社に行ったところで別に何か面白いアトラクションがあるわけでもないし、何か心が落ち着く、という感じでもない。とりあえず作法にのっとり賽銭を入れ二礼二拍一礼し、誰にかよくわからないがお願い事をする、という儀式をしたらそれで終わってしまう。ご神木があれば手をかざしてみたりするが、そこから何かを感じ取れるような繊細さも持ち合わせていのでもちろん何も感じない。
ただそこがパワースポットである、ということは何となくわかるような気がする。
とはいうものの、ではパワースポットに行くと何かが変わるのか。そういわれてみると途端に自信が無くなる。
今までもパワースポットと呼ばれるところには行ってきたが、それによって何か全身にパワーがみなぎるとか急に考え方がポジティブになるとか何かいいことが起こったとか、そういう実感も無い。
あれ?じゃあ一体おれは何のために神社だのパワースポットだのを目指しているんだろう。

いや、行き続ければだんだん何かが分かってくるのかも知れない。とりあえず今年はまだまだ行こう。
と思っていた矢先に出発予定だった今週末の長野の天気予報は雨。全国的に雨らしい。
雨の中を3時間歩き回るのはいくら何でも過酷だ。それだけで気が滅入りそうだ。
おれはやむなくホテルをキャンセルした。
よし、行くのは月末にしよう・・・。

つづく

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