ドアの向こうは5年前だった?『ザ・ドア 交差する世界』

映画の部屋

昔からある概念で「パラレルワールド」というものがある。今、自分たちがいる世界と同時に存在している平行世界だ。スピリチュアルの世界では当たり前のように語られているが、誰も見たこともないし体験したこともない世界なので、あくまでもSFの世界の話、と今は認識しておいた方がいいだろう。

そういえばこの秋に起こると言われている次元上昇でも「目覚めた人は次元の高い階層に移行する。そこには同じレベルに覚醒した家族や知り合いがいる」と説明した人がいたが、この時点で論理が破綻している。仮に自分が目覚めてある次元に移行した場合、もともとそこにいた「次元の高い自分」はいったいどこに行くのだろう。

次元上昇のパラレルワールドではないが、タイムスリップとパラレルワールドを混ぜたような映画があった。
『ザ・ドア 交差する世界』で2009年のドイツ映画だ。

自分が浮気をしている最中に娘を死なせてしまった画家の主人公。妻にも捨てられどん底の5年後、やけになって自殺しようとしたところを友人に助けられたが、酔っぱらった帰り道に雪道でコケた。すると蝶が導くように飛んできた。あ、今考えるとなんで真冬に蝶が飛んでるんだ?まあいいや、その蝶の導きについていき、どこかの広場にあった小屋みたいなところに入ったらその中がトンネルになっていて、つきあたりのドアを出たら5年前のまさに子供が死んでしまうはずだった日に戻った、という設定だ。
驚いたのは5年前の自分と鉢合わせしてしまい、しかも5年前の自分を殺してしまうところだ。5年前の自分を殺しても現在の自分が生きてるということは、タイムスリップしたのではなくパラレルワールドで移動した、ということなのだろう。なんで5年のタイムラグがあるのかとか細かいことはフィクションだから広い心で追及するのはやめておこう。しかし殺された5年前の自分。自分が自分に殺されるって本人的にはなかなか納得がいかないんじゃないだろうか。殺されたとはいえ、自分で自分を殺したんだからこれは「自殺」として警察は処理するべきなのだろうか。
この主人公、すぐに元の世界に帰ればいいのに、5年前の自分がいなくなったのをいいことにパラレルワールドの世界で人生をやり直そうとするのだが、話がそう都合よく進むわけがない。だいたい来て早々、殺人?自殺?しておいてただで済むわけがない。しかも5年分、一人だけ歳を取っているのだ。次第に妻も子供もなんか変だと気づき始める。気づくの遅すぎだろとか思うがフィクションなのでまあその辺も寛容になる必要がある。さらに後半ではほかの人も5年前の世界に入り込んできたりする。作品の出来としてはともかく、話の設定は意外性に富んでいて面白かった。

最近外国の映画を観てると、それがロシアだったりフランスだったり、今回のドイツだったりするのだが、家の中の雰囲気や街並みがそれぞれ国によってかなり個性があるのでそれを見るだけでも面白い。

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