森 恵(SHIBUYA-AX)すきま20㎝の攻防

森 恵

渋谷アックスだ。正しくは「SHIBUYA-AX」と書くらしい。
横浜赤レンガ倉庫でのライブにかなりがっかりしていて、もうこの人のライブは浜松町でやるストリートライブだけでいいやと思っていたが、2月に渋谷でバンド編成のライブをやる、と昨年知った。
赤レンガの時は、途中から前のやつらが立ち上がり、ステージが全然見えない状態になった。
本人が見えずに歌声だけが聞こえてくるという、私のライブ参戦経験からは思ってもない事態に陥り、しばらく心の整理がつかなかった(大げさ)。

SHIBUYA-AXという会場、実は10年以上前に1度だけ行ったことがある。
それは甲斐よしひろのワンマンライブだった。
それまで武道館とか東京フォーラムとかNHKホールとか両国国技館とか、今はもうなくなったのか、新宿厚生年金会館大ホールとか、そういう会場でのコンサートしか知らなかった私にとって、それはあまりにも小さい会場に映った。
なぜ甲斐よしひろほどの日本のロックの大スターがこんな小さなところでというのも解せない話だったが、逆にこんなに近くで見れるというのはそれはそれで嬉しかった。

さて、森恵のSHIBUYA AX。
1月のある土曜日、その日も私はサービス出勤をしていた。
仕事に飽きて森恵のホームページを見ると、まだチケットがあるようだった。
この会場、もし1F席なら赤レンガと同じことになるだろう。
しかしおれは知っていたのだが、この会場には多くはないが2F席があるのだ。
甲斐よしひろの時は1Fがオールスタンディングだったので迷わず2F席のチケットをとったので様子も分かっている、つもりだった。
2F席が指定できるなら行ってもいいかな・・・。

おれはチケットぴあのサイトで探してみた。
予約するつもりはなかったが、今申し込んだらどんな席になるのかという興味だけだった。

PCの画面に表示されたのは「2F ○列 ○○番」

おお!2F席だ。
おれは素早くAXのホームページでその席の位置関係を確認した。
ちょうど前が通路になっていて、これなら前の人の頭が邪魔ということもないだろう。
あとは鬼嫁が許すかどうかだ。
おれはLINEで送ってみた。

「23日の夜、出かけていい?」
返事はすぐに帰ってきた。
「ダメ」
やはりそう来たか。

しかしこの席をこのままリリースしてしまうのはあまりにも惜しい。
「あとで説得すればいい」と、おれはそのまま申し込み確定のボタンを押した。
そこには経験則に基づいた勝算があった。

結局それから1ヵ月間に及び、おれの戦略に満ちた懐柔作戦で見事に「この日は渋谷に行く」という既成事実を作ることに成功し、はれて自由の身となった。

さて当日、これは横浜赤レンガ館の時もそうだったが、なぜか出かけるのが億劫になってしまう自分がいた。
これはやはり会場までの距離が原因だろうか。
心が全然わくわくしない。
我が家から渋谷までというのは、電車に乗って約1時間半。
6時スタートなら会場への歩きも考えて4時には家を出なければならない。
それに加え前回のイヤな記憶がさらに私の腰を重くさせた。

渋谷は仕事でときどき来るが、このごちゃごちゃ感はいつまでたっても好きになれない。
目指すAXはNHKホールの隣にある。
ほとんど迷うこともなく到着したおれはさっそく2Fに上がって行った。

自分の席はすぐに見つかった。

そして座った・・・、あれ?

さすがに10年以上前の記憶はあいまいだった。
2Fならステージがよく見える、というわけでもない。
これは2F席の位置とステージまでの角度の問題だろう。
前の人の頭も十分邪魔になりそうだ。

おそらく甲斐よしひろの時は結局ずっと立ってたから良く見えたんだろう。
そしておれの座った位置からステージに目をやるとボーカル用のモニタースピーカーが見えた。
当然マイクはその間にあるはずだ、つまりはそこが森恵のホームポジションになるはずだ。
そこまでを目で追うと…
何ということだ!
またしてもおれからマイクまでの直線上に、飛びぬけて座高の高い男が座っているではないか!
そいつは女連れだった。
女は男の左隣に座っていた。
これが逆なら目下の懸念は一気に解決しそうだった。
あの二人、席を交換しないかな・・・
さらにそいつらの前の席が2つ空いていた。
そのまま空いていれば、おれは少し体制を変えれば何とかなりそうだった。

しかしそんな淡い期待はあっさり裏切られ、開演5分前、70年代フォークのまま50代になってしまったような長髪のおっさん二人組がその席に座った。

おれは愕然とした。
「終わったな・・・」
これ、ステージなんて後ろの方しか見えないじゃん。
おれはドラムやキーボードを見に来たんじゃない。
70年代フォークの片方が上着を脱ぐために立ち上がった。
その姿を見ておれはさらにショックを受けた。
もしこいつらが興奮して立ち上がったら、もう絶望的だろう。
おれは帰りたくなった。
そんな絶望感満載のままライブは始まった

「お?」
見える。
確かに見える。
それは前列の座高男の頭と70年代フォークの頭のわずか20センチの隙間ではあったが、ちょうどステージ中央の視界が確保されていた。
おれはその隙間からステージを凝視した。
このまま最後まで行ければいいのだが、どうせ中盤以降はみんな立ち上がるのだろう。
いつまでもつか・・・。

1F席はオープニングから早くもみんな立ち上がっていた。
よかった1Fじゃなくて。
よく見るとペンライトを持ってきてるやつらもいる。
いい歳して一体彼らは何を考えているんだろう。

観客の年齢層は相変わらず高い。
とても30歳目前の女性シンガーのファン層とは思えないほど高い。
自分以外はみんな年上なんじゃないかと錯覚を起こすほどだ。
しかしこの年代をここまで取り込める女性シンガーは日本広しと言えど、他にはいないだろう。

「めーぐ!めーぐ!めーぐ!めーぐ!」
「めぐちゃーん!」
「もぐちゃーん!」
「めぐぅ~!」

1Fのおっさんたちが叫んでいる。
こいつらだな、フェイスブックにいつも不気味な書き込みしている奴らは。
つくづく2Fでよかった。
ボクはあの人たちとか関係ありませんからね。

2F席はというと、1Fとは対照的に全員静かに座っていた。

いつみんな立ち上がるのかという私の心配をよそに、1時間が経過した。
その間20センチの視界の幅はどんどん拡大し、最大時には50センチくらいの視界が開けていた。
それは座高男がどさくさにまぎれて左隣の女の方に頭をかしげていったのと、70年代フォークが、この男の骨盤の歪みからか頭を右に傾げる癖があるようで、結果としておれの視界は時間を追うごとに開けていった。

奇跡だ…!

終盤に差しかかり、森恵が客をあおり始めた。

「さあ盛り上がっていくよー!準備はいいー? 2Fの人たち、元気ないよー!」

おお、やめてくれ、前の座高男と70年代フォークが立ち上がったら何も見えなくなるじゃないか。
しかしここでも奇跡が起きた。

2F席の客は極めて静かな対応で、特に70年代フォークのデュオは手拍子すらしてないようだった。
「この二人は立たないな」とおれは確信した。
座高男も結局は森恵よりも隣の女しか頭になかったようで、その後もおれの視界を遮ることはなかった。
1Fを見下ろすと、半狂乱のようにタオルを振り回している奴やペンライトを掲げている奴、頭上で手拍子しながらはねてる奴もいた。
つくづく2Fでよかったと思った。

そしてライブは実に2時間45分!
これだけ長いんだったら土曜日にしてほしい、明日も会社あるんだから。
家にたどり着いたのは10時半を回っていた。

で、肝心の今回の満足度はというと、これは非常にビミョーなところだ。
まずバンドになるとどうしてもアコギの音がかき消されてしまう。
そして本人の歌声もバンドの演奏に溶け込み、本来の迫力が薄れてしまう様な気がした。
こんなことを言うと熱狂的な「メグラー」から大バッシングを受けることだろう。
しかし私は断固として言いたい。
彼女はせめて東京国際フォーラムAホールで、一人でギター1本でライブをやるべきだ。

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